NEOのゆとりを楽しむ生活

株式投資、英語学習、グルメ、旅行、愛犬とのシニア生活

千葉県鋸山(のこぎりやま)へ 実は日本寺境内

NEO

本格的な登山ではなく、山道を歩いて楽しむトレッキングはとても爽やかで健康に良い


青梅の御岳山筑波山は空気が爽やかな山道を楽しめるが、標高700~800mほどあり、時に急こう配や足元の悪いところもある


千葉県の山々は総じて300~400m級の山が多く、より軽やかに2~3時間程度のトレッキングを楽しむことができる


うちのワンコにも基本歩かせるが、後ろ足が不自由のため階段やデコボコ道は難しいから抱っこしたり降ろしたりの繰り返しだ


千葉県房総の鋸山に向かった


朝8:00到着を目指して高速に乗り、R127に降りてから側道のコンビニで朝食をとり、中腹の無料駐車場(日本寺東口)に8時前に着いたが、なんと境内開門は午前9時だった


しかたなく有料の登山自動車道に向かい山頂駐車場を目指すことにしたが、有料入口は8:30開門のため車内で本を読んで時間をつぶしていると、5分前に開けてくれ一番乗りで車で登山道を駆け上がることができた


まずはロープウェイ山頂口から房総からの海と山々を一望する


9:00になるのを待って日本寺西口管理所から境内に入り十州一覧台へ


次は百尺観音

これだけの石を削るのは大変だったろう
6年かけて昭和41年に完成したとのこと


そして地獄覗きの山頂展望台へ


下って百躯観音とあせかき不動

あせかき不動の教え


千五百羅漢道、不動滝を通り

大仏広場へ


台座を入れて奈良東大寺の廬舎那仏(18m)よりも大きい薬師瑠璃光如来(31m)
天明3年に作られた原型を昭和44年に復元したもの


私は大仏よりも整然とした公園風の境内地に和む


妻は寺院管理所で御朱印を貰っていたが、私は書いていた方なので興味なし
また御利益を求めての祈願とか願掛けをしたりはしない


再度また上げ勾配の山道をゆっくり登り駐車場へ


2時間半の見どころの多いゆったりトレッキングだった


11:00に山頂駐車場に戻り、少し休んでから南房総市の山奥の「百姓屋敷じろえむ」さんへ向かう

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オンライン英会話15000分到達!!

NEO

オンライン英会話を始めて1年半になる
ほぼ毎日1日25分を継続している
外出時などスマホでできるかとやってみたら意外とできるものだ


語学の道は遥かなる道


英語の再学習を始めて10年経つが英語力が増した感じがない
それも当然で、英語を使う環境がゼロで英語学習を続けているのだから
周りで英語話す人は皆無


いまだに言いたいことは言えないし、聞くのはもっと難しく感じる
読むのはすらすら読めるかと言ったらそんなことはないし、辞める決意もなくダラダラと続けている


公文式英語を50過ぎて通信でやって4年で最終教材までやって、しかも3回も繰り返してやって、更に単語帳を12冊も作り繰り返し復習して、しかしこの勉強スタイルでは英語は使えるようにはならないなと・・・


つまり、大学受験的な学習法では実践的ではないということ
公文式数学を中学生のときにやってグングンできるようになったあのときに比べてなんだかいまいち、歳のせいなのか、答えが曖昧な語学のせいなのか、成長が感じられない


ついでに言えば、トロイの遺跡を発掘したハインリヒ・シュリーマンのように丸ごと一冊暗記したからと言って語学に精通できるわけではない
故國広正雄さんが推奨したように中学レベルの教科書を「只管朗読」しても英語は上達できないと思う
(経験者語る)


もし自分が今TOEICを受けたら何点取れるか?なんて考えたりもするけど、受験はモチベーションになるけど、自分で自分の尻を叩くような努力はもうしたくないのだ
(でも受けたら800点くらいとれるのだろうか?10年もやって900点くらいいかないと納得できんが・・・)


ちなみに私はこれまで受けた試験はほぼすべて一発合格で乗り切っているが、そういう努力は、その努力の先に楽しい未来が待っていると思えるときに発揮できるもので、すでに引退し頑張らなくてもいいのに、頑張る理由もないのに頑張ってしまうというのは、とても貧乏くさいことだと思う


要は、楽しめば良いのであって成果は求めない
オンライン英会話で知らない他国の人と話すのが楽しい、と言うだけで十分なのだ


最近は「Why Are You Learning English?」という話題で話をしているが、いつも「In the future I Want To Go abroad」「I Want To Travel All Over The World If possible」などと答えている


現実的には、20~30年前に20~30回程度海外旅行は経験している
初めて行った海外は米西海岸で何と新婚旅行だった(飛行機も初めて)


1991年1月に湾岸戦争がはじまると当初予定していたヨーロッパ周遊10日間がキャンセルされ一時途方に暮れたのだが、ようやく戦争が終わり、かろうじて米西海岸8日間を取ることができた


実際に行ってみると、戦争直後という事情もあり旅行客が少なく、ゆったりとした時間を過ごすことができた(ロス、ラスベガス、サンフランシスコ)


現地移動はリムジンで、ハンチングをかぶった黒人運転手が丁寧に応対してくれた
なんとなく映画「スティング」を思い浮かべた


以来、米国本土、ハワイ、スイス、スペイン、エジプト、オーストラリア、ニュージーランド、アジア諸国に行ってるが、ほぼ20年前からほぼ行かなく(行けなく)なってしまった


2021年末にFireして、今はコロナも収束したので、小旅行は行くようになったが、老父と老犬がいるので長期での旅行はもう少し先かなと考えている


早く行きたいね(楽)

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食べれば幸せ(1)寿司割烹 空海

NEO

毎週休前日は外食を楽しんでいる


昨今、どこで外食しても美味しく食べられるのは嬉しいこと
どこで食べても美味しいのなら、より楽しく居心地よく食べられるのがなお一層嬉しく感じられる


残念なのは、私が食レポをするだけの言葉を知らないこと
食材や食感を精細に伝えられないのは私自身が料理をしないからじゃないかと思う
残念なことに妻は私が台所に入ることをあまり喜ばない(ような気がする)
多分なわばり意識もあるのかと・・・


私は料理を習いたいと思っているが実現していない
いずれ料理教室に通うことは検討中


その代わりと言っては何だが、休前日は妻と外食をしている(支払は私持ち)
週末になるとディナーだランチだと払ってるので多分外食費は月に15万円くらいは使ってると思う(いちいち計算しない)


外食して「使い過ぎた!」という感覚はないけど、それは株式市場の変動での金融資産の増減がはるかに凌駕しているからで、また旅行するのと同じように、「食べ歩き」と言う経験を買っているという認識なのだ
(株式市場の下落で金融資産が減ると非常に心が痛むが・・・)


それはともかく、
今回は事前に予約の上「寿司割烹 空海」さんへ
18時に入店しカウンターへ

ビールのあとは全国の日本酒を楽しむ

握りのネタは千倉産直

冷酒が進む

口の中で広がる新鮮な味わいと噛み応え

どんどんすすむ日本酒

次々に新しいネタが

吞みながら全国を旅する

ウニ

いくら

おかわり

焼酎に切り替え

最後は上がりとデザート

これだけのネタ(千倉産直)でひとり8500円(酒は別)
驚異のコスパ!


結構酔いましたが、電車で帰りました


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少年時代の思い出(5)悪友

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小学4年になると悪友ができた


実は、担任の先生には「あいつはワルだから付き合うのをやめた方が良い」と散々言われていたのだが、なぜか一時よく遊んだ
昔の先生は率直にモノを言う人が多かった


この悪友は万引き癖があってよく私を誘ってきたものだ
プラモ屋などの店に入ると、悪友は人差し指を鍵型にして「いまからやるぞ」と合図してくるのだった


プラモデルの箱から中身を出して他の箱に無理やり入れて2個入ったプラモデルの箱を持って精算するのだ


ある時、店主に見つかって説教され「先生の名前を言え!」と聞かれると悪友は「〇〇先生」と流れるように聞いたことも無い名前を口に出した


さすが悪い奴はやることも言うことも徹底してると思ったものだ


悪友の瞬時の出まかせとしおらしい我々の態度を見て反省してると思ったのか店主は無罪放免にしてくれたが、このとき私はとんでもないことに付き合ってしまったと強く後悔して反省した


ある夏祭りの日の夜、この悪友に誘われて、通っていた小学校の理科実験室に侵入したことがある


昔は家も学校も大らかなのか戸締りが徹底してなかった気がする
それにシンと静まり返った校舎は何とも薄気味悪く、それ故興味をそそられた
(これって多分昼間の喧噪との対比がそうさせるんだよね)


悪友は実験器具(アルコールランプやフラスコなど)を物色して盗んでいたが、私はさすがに侵入だけにした


また、近所の建築中の家の開いていた裏側の窓から中に忍び込んで、中を徘徊したりとまさにやりたい放題


50年も前の話だが、この場で改めて謝罪いたします
申し訳ありませんでしたm(__)m


冬休みに、この悪友が私の自宅に遊びに来たことがある


どういう脈絡だったかは覚えていないが、私が貯金箱に入れておいたお年玉の千円札をこの悪友に見せた後で、私が何かの用事でその場を離れて戻ると、この悪友が何だか不自然にソワソワしている


そして「用事が出来た」とかなんとか言ってさっさと帰って行ったのだが、そのあと私が自分の貯金箱を見ると蓋がきちんと閉まってないのでよく見ると私の千円札が盗られていた

これには大変驚いた
誰彼構わず、相手のものを盗む 悪 友 


その後一切の付き合いを辞めたのは言うまでもない




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母の葬儀に現れなかった兄(3)甥だけ参列

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結局、母の葬儀には甥(兄の長男)だけがやってきた
地方から飛行機で駆けつけたのではなく、元々年末年始の休暇を関東近県に住む母(私の兄嫁)の家で過ごす予定だったらしく、そこから来たようだ


香典は兄嫁と甥本人の名で2袋持参してきた
長男として担いできた兄があんな体たらくで、しかも散々利用してきた母親の葬儀にも来ないという落ちぶれた男の妻と言う立場では顔出しも出来まい
甥(故母の孫)が参列した(させた)のはかろうじて兄家族とつながっていることを意味した


通夜が終わり実家に集まって、(私の)両親の文句を言うのは間違っているのじゃないか?と私が言うと、甥は顔を紅潮させて母(兄嫁)の主張を支持した
2人は親子で一つ穴のムジナなのだ


若いときに兄の借金について数回手紙を書いたが対応してくれなかった
親孝行したいから同居を申し出たが相手にしてくれなかった
だから今でも恨んでます


という、兄嫁の主張は私にはとうてい理解し難い
分かるのは兄に甲斐性がないということだが、別に犯罪を犯すわけでも(多分)暴力をふるうわけでもない
ただ、気が利かず、自分じゃ大して努力もしないのに周りが何かしてくれるとでも思っているかのようなフシがある、そして何だかエラそうだ
自然体で他人に寄りかかって来るかのような姿勢にはイラっとする


しかし既婚の息子の浪費癖に親は責任を持たなければいけないのか?
兄は大学生のときに学費(100万)を使い込んで親はそのお金の穴埋めをさせられている
学習能力が無いのは本人自身の問題ではないのか?
ましてこのとき兄は既に還暦を過ぎているのだ!
家庭の財布を握ってきたのは兄嫁ではなかったのか?
自分の夫の稼ぎが少ないのを義両親のせいにしてないか?


結婚当初に借金が発覚したと兄嫁は言うが、私が記憶しているのは兄嫁の実家(関東近県)近くで結婚式を挙げるのに私の両親方の親族(愛知と新潟)を呼んでその宿泊費を兄が自分のカードで支払っていることだ、確か30万円くらい


ええ格好しいで後先考えずに払ったんだろうが、それ以外にもあったのか?
兄嫁は兄を長男、長男と持ち上げていたが、兄はおよそ長男らしいことは子供の頃から一つもしたこともなかったし、そもそもそんな男と結婚したのはアンタでしょ


兄嫁自身は今は仕事をしてあちこち飛び回っているようだ
そして本人の義理兄からお金を借りて最近中古マンションを購入し転居したという
同居していた実母は今は別居しているらしい(今は独り住まい)
元々、実母の世話をする必要もなかったようだ(兄嫁自身が金銭的に援助されてた?)


私は電話で「兄と離婚すればいいじゃないか」と伝えた
そして「3号分割知ってる?」と聞くと知ってると言う
私には兄嫁が着々と経済的自立を図り熟年離婚を狙っているようにしか思えない
今は自分の老後を考えているのだろう
夫の親まで責めるならとっとと離婚した方が良い


兄嫁は色々と気付いてキビキビ動くタイプで色々な思いも強いほうだったのかもしれない
盆暮に実家に来たときなどは忙しそうに良く動いていた
一方兄は気が利かない、自分から汗をかいて何かに尽くしたり、課題を解決するために努めるような人間でもない、会社で言うなら典型的な窓際の穀潰しだ
そのくせ意味不明な気位だけは高いので、傍から見るとかなりイラっとする


私の母親は新潟の山奥生まれで多くの兄弟姉妹の末っ子で一番上の兄とは20年以上も年が離れているため、親からも兄弟姉妹からも可愛がられて育っている
地元の高校を出て名古屋に集団就職をしてそこで父と出会っている


父は長男だが父の上には多くの姉がいて下には二人の弟がいた
父の父(私の祖父)が太平洋戦争勃発のときに死没しており(父が小学生)、そのせいなのか、土地柄なのかは知らないが父の姉たち極めてドギツい性格だった


私も子供の頃に何度か会っているが正直あまり良い印象はない
そういうところに嫁いだものだから母も色々苛めにあったようだ
田舎でただ無条件にかわいがられて育てられてきた母にはまるで百戦錬磨の小姑たちは鬼のように思えただろう(笑)


父が言ってたが、キビキビと何でもこなす兄嫁と他人の悪口も言えない母とはそりが合わなかったのではないかと
やっと手に入れた4LDKの新居、狭かった公営住宅から越してきて子育ても終わり、やっと気楽な生活が送れると思ったところに、同居を兄嫁から言われて困惑したのではないだろうか?


それも言葉に棘が立たないように、話を逸らしたり、はぐらかしたりしていたのをきちんと対応してくれなかったと恨んでいるのか?


文字通り「親孝行」をしたいのなら義実家近くに家でも買って交流すれば良い
しかし本人実母と住みながらたまに義実家に来るだけで「親孝行」「同居」などと美辞麗句だけ言われても困る


長男、長男と繰り返すのは旧戸籍法(戦前)の時代感覚で、今どき親が同居を望むことはあっても嫁が義両親と同居を望むのはかなりレアなのでは?
「親孝行」と言うのは詭弁であって、もしくは兄の借金とのトレードの材料であって、同居を狙う真の目的は経済支援と住む家の確保だったのだろう


以前父親が、何か兄嫁と多少の軋轢があった時に電話で兄嫁から「相続のことをしっかり考えておいて下さい!」と言われたと不快交じりに言っていたことがある
父親に言わせれば「お前に言われる筋合いはない」と怒るのも当然なんだが、ダメ亭主(兄)の不出来を義両親にぶつける嫁も嫁だ


兄嫁は中古マンションに独りで住み、働いている(多分厚生年金に加入)
長年別居し、借金漬けのダメ亭主(兄)となぜ別れないのか?
義両親の二人が生きてる間は離婚という手段は申し訳が無くてとれません、などという綺麗ごとではないと思うが、さて?


兄は毎月給料から数万円(3万?)を送っているようだけど、二男がまだ仕送りを受けており、まだまだ使い倒せるということか?


ちなみに二男は20代半ばも過ぎているが「将来モノになるのか?」と兄嫁に聞くと分からないという、そして「夫に似ている」とも言う
つまり、人から恩恵を受けるだけ受けて当たり前のようにシラっと振舞うということか?
「経済的に余裕がないなら野放図な仕送りは止めたほうが良いのでは?」と助言だけしておいた


母が亡くなって数か月後、実家住所の兄宛に二男の奨学金返済の督促が来た(連帯保証人?)
確かに父子で似た者同士





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