施された親切も人は忘れない
熊本地震ですが、もうしばらくしたら義援金を送ろうと思います。
これまでも能登半島地震やウクライナ戦争勃発時など、わずかですが送りましたが、被災された方々にとって、こうした支援は物質的にも精神的にも大きな支えになるはずです。

一般的に人間は、過去に経験した良かったことよりも、悪かったことネガティブな出来事を強く記憶する傾向にあると言われています。
これは生存に関わる危険を避けるための防衛本能のようなものですね。
例えば、苛めについて、過去に苛めたことがある者はそれを忘れてしまいがちですが、苛められた側にとっては心の傷が深く、その時の恐怖や痛みが鮮明に残り続けるため、長く引き摺ることになります。
しかし、辛いときに他者から優しくされたり、施されたりしたことを、人は中々忘れるものではありません。

私は高校生のときに、部活中の大けがで救急搬送されたことがあり、2週間の入院を余儀なくされました。
頭部挫傷により2,3日昏睡状態にあったようです。
その後大事に至らず回復はしましたが、身体的なこと以上に、精神的に落ち込んでしまった時期でした。
学校へ行くと、それほど仲が良かったわけではなかったクラスの男子が、私が休んでいた間の数学の授業のノートを綺麗にまとめてくれていて、私に手渡してくれたのです。
それまで、クラス外での付き合いも無かったし、深い会話も無かったのですが、私は少し戸惑いながらも有り難く受け取りました。
そして半世紀近く経った今でも、他のことは忘れていても、その人がしてくれた親切はよく覚えています。
人は、本当に辛いときに受けた親切な施しについてもずっと忘れないものです。
施した親切はきっと相手の記憶にも残り、廻り廻って自分に返ってくるのではないでしょうか?
情けは人の為ならず。
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