記事も読まずに「nice!」って?
心当たりのある人も意外に多くいると思います
中には、自分へのnice!返しが欲しいから、昼に夜に他者のブログをチェックしてはnice!を付けまくっている変な人もいます
それは疑似nice!であって、実際には書かれた内容に共感どころか、記事を読んですらいないので、ある意味有難迷惑系のnice!に過ぎません
そんなことをする人は承認欲求の強い構ってちゃんが多く、注目されたいとか、気にかけてもらいたいとか、依存心が強いのでしょう
そのために貴重な生活の時間を浪費している
また、自身のフォロワーが欲しいためにランダムにnice!(またはイイネ)を付けまくってる人もいます
というのも、nice!(またはイイネ)を受けた側は、自分が評価された、賛同してもらった、好意を持たれたと感じて、相手を決して悪くは思わず、相手とつながっていたいと感じるからです
しかし、単なる空世辞のやり取りに憂き身をやつして何の得があるというのか?
個人的には、nice!を押す際は礼儀としてきちんと記事を読んでます
そして目を通した際は証としてnice!をしますが、余程共感できない場合はnice!はしません
ただ記事に目を通すと言っても、毎日数十人の記事に目を通すのは結構大変です
フォローする皆さんが毎日記事を更新するわけではありませんが、フォローできる(記事に目を通す)のは精々多くても20~30人程度かな?と考えています
ですから、nice!の数を求めたり、フォロワーの数を気にしたりは一切しなくなり、表示そのものを外しました
タモリの「世にも奇妙な物語」のストーリーに出てきそうな、SNSの反応に一喜一憂して、そのうち自身の生活や人生まで変な方向に行ってしまうとしたら、それは本末転倒な話です
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