行政書士は必要な職業なのか?
行政書士試験は1年程度勉強すれば合格できる試験ですが、昭和や平成初期に比べると明らかに難しくなっている試験であり、舐めてかかると必ず落ちます
この数年は全国で4万人程度が受験し合格者が5千人程度、合格率12%と難解な試験に数えられています
実は私は、行政書士試験史上最難解と言われた平成26年に合格しました
合格基準は300点満点中180点以上のところ、この基準だと合格者が3%にも満たないため救済措置が取られ、合格基準が166点に引き下げられたのでした
結果、4,040人の合格者を輩出することになりましたが、それでも合格率は8.2%と低いままでした
ちなみに私は過去問よりも難しく感じたものの198点で従来の合格基準でも十分に合格することができました

合格後、私はすぐに25万程度支払って知事登録をおこない開業しました
活動内容は、相続、改葬、人探し等であまり儲けの糧になるようなものではありませんでしたが、そんなことよりも「事実を極めて真実を知りたい」という私の期待に適うもので、活動中に得た奇想天外な経験は私の人生に深みを与えてくれるものでした
しかし、私は行政書士活動を満5年をもって終了したのです
行政書士会にいたF木という副会長(当時)に強い不快感と不信感を覚え、あっさり廃業届を出したのです
この男は風俗営業許可専門の行政書士としてのキャリアだけはあったようですが、その人間性は極めて下劣で、おまけに態度も悪く、根拠のない意味不明な暴言を吐きまくる不適切な人物でした
何度抗議をしても改善されず、いよいよ嫌気がさしたのです
(よくこんな男が役員までしていたと思いますが)
幸い私はこの活動で生活をしていたわけではなく経済的なダメージはありませんでしたが、今でも不快な気持ちに変わりはありません

私が知る行政書士の方には、実に謙虚で勉強家で対人関係がマイルドな方も多く、自身の仕事を社会貢献および弱者救済の一環と捉える立派な方もおられました
ところが、行政書士を長くやってきた人の中で、かつ書士会内で「出世」をしたがる人の中には傲慢で勉強不足のくせに肩を怒らせて偉ぶる小人輩が多くいる印象です
古い行政書士は、かつては「代書屋」とも呼ばれ法律家とは程遠い素人に毛の生えたレベルの人が多く、その地位は必ずしも高くはありませんでした
しかし近年、資格試験のレベルも上がり高い志と多くの知識を持った人も多くなったことで、キャリアだけは一丁前のアタマの古い行政書士たちが幅を利かせて新勢力に圧力をかけているのです(馬鹿々々しいと思いませんか?)
また中には別の者で、間違いだらけのインチキ教材会社の講師に名を連ねて金を稼ぐのもいます(開いた口が塞がりません)
真面目に活動する行政書士の面汚しとはこのことですね
行政書士会は現在、行政書士の地位を上げようと政治活動に取り組んだり、広報を設けて一般に啓蒙活動をしたりと必死に取り組んでいますが、それはこれまで行政書士の地位が相対的に低かったことへの対策だと推測します
しかし外部へ働きかける前に、上記のような者たちをしっかり教育するのが先でしょう
社会的評価をさらに上げるためには、上記のような礼節を欠いた下品な者は排除されるべきと考えています
で、今日のタイトルですが、行政書士の仕事は一般社会に浸透しつつあり将来的に必要とされると、私は思います
私は有資格者なので、再登録をすればいつでも復帰できますが、復帰するかしないかはあくまで私の判断です
私はもうお金のために仕事をするつもりはありませんが、個人的な興味をそそり社会貢献に資すると判断できれば将来の復帰もあるかも知れません
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