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離檀料は払う必要がない

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昨日の記事では、6月にFPセミナーを聴講したことを書きました。


その中で、ある講師は、

「終活にあたりお寺の墓を仕舞って合葬墓に改葬する場合、事前にお寺の住職に離檀料がいくらかかるのか相談するのが大切です」

「いきなり墓仕舞いしたいじゃ住職も気分が悪いでしょう」

などと言ってました。


当然に私は違和感を覚えたのですが、入檀時にそうした規約があれば別ですが、離檀料なんて法的根拠は無いし、そうした規約を設けている寺院はほぼ無いと思います。


つまり、離檀料なんて御布施と同じで気持ちで納めるもの。

いや、何と理屈をこねられようと御布施は供養や戒名に対する「対価」のようなものですが、離檀料はこれまでの「感謝」とも受け取れるので、言われて払うものではありません。




この講師のプロフィールを見ると、身内が葬儀屋で、ポジショントークであることが分かりました。


葬儀屋、石材店、仏具屋は、寺院のコメツキバッタのようなもので、寺から派生する仕事を貰える立場です。

そのために住職等を甘やかし、そそのかして調子よく付き合うのが染みついていますから、そのような言葉となったのでしょう。



さて、寺院境内に墓を持っていたら、その寺院の檀家となります。

寺院境内でない管理墓地の場合、檀家かどうかは当初の契約によるわけです。


その墓地を取り壊して別の場所に遺骨を運ぶことを改葬といいますが、檀家を離れることになることを離檀と言い、寺檀契約の縛りから離れることになります。




私は、ある寺院で10年、寺務長として寺を仕切ってきましたが、離檀料を請求したことはなく、離檀料について聞かれたこともありませんでした。

墓仕舞いの話はそれなりにありましたが、「そうですか、分かりました」と粛々と受けるのみでした。


墓仕舞いにあたっては、閉眼供養(魂抜き)をおこなってから遺骨を取り出し、墓石や外柵を取り壊して更地にすることになりますが、同じ場所を再販すれば、永代使用料も入るし管理料も入りますから、寺院からすれば何の問題もありません。


離檀料を請求してくるのは、主に零細寺院の、もしくは強欲、或いは傲慢な住職だと推測できますが、払いたくなければ払わなければ良いだけです。


改葬許可証に必要な埋蔵証明を出さないようなら、第3者に入ってもらって話を進めれば折れると思います。




お墓については、私も50代で大学院に入り研究をしました。

そして、少子高齢人口減少社会の到来と社会の多様化によって、今の墓仕舞いの流れは避けられず、家墓、合葬墓、その他(樹木葬、海洋葬等)の乱立が続くのでしょう。


これは、今から30数年前に法務省の役人が、墓埋法の解釈変更をして以来の流れとなっています。



寺院は全国に75,000か寺ありますが、そのうち3分の1は収支が成り立たない零細寺院です。


寂れた零細寺院では人も寄り付かないと思いますが、きちんと管理された寺院であれば、好んで境内墓地を欲する人もいることでしょう。


しかし、寺族との付き合いが面倒、読経供養を欲しないという人であれば、寺院に墓地を求めない選択肢は当然にあるのです。




かつての職業人としての経験で言わせてもらえば、寺の住職ってのは、視野の狭い愚か者が多く、ロクなのいません。

苦労せずに世襲で跡を継ぎ、若いうちから「先生」「方丈さん」などと奉られ、ちょっと読経しただけでお金が貰えて頭を下げられるのですから、世の中チョロいが身に付いてしまうのでしょう。


寺院の歴史や仏教の教義等をもって目の前の住職に重ねてイメージしてしまう人もいるが、そういう人らが奉るからますます愚か者が増えるのです。

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