NEOのゆとりを楽しむ生活

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金と人生観

NEO


若いときはとにかく金が無く、働いて給料をもらっても次の給料日まで持たせるのがやっと

そんなに贅沢もしないし無駄遣いもしないのに結構ギリギリだった


結婚するまで親と同居だったけど、給料もらうたびに3万から5万くらい家に入れてたし、貯金なんてとてもできなかったね


時はバブルに向かう時代で、仕事は忙しく馬車馬のように働かされたけど、金銭的に良い思いなんてこれっぽっちもしたことがない


結婚してDinksだったときが一番余裕があったかもしれない

娘が生まれて妻が産休・育休に入ると途端に生活が厳しくなった



当時はトヨタ系の関連会社にいたけれど、同僚らの中には「結婚して家を建てて貰った」とか「親に車を買ってもらった」とかそういうのが多く、私はいつも憤懣やるかたない気持ちでいっぱいだった


あの頃は、湾岸戦争があったり、阪神大震災があったり、オーム真理教によるサリン事件があったりと世の中は不安なことが多かったけど、一方でTVを付けると若い人たちが盆やGWでもないのに海外に行ってオリンピックやワールドカップを観戦してたり、長期の海外旅行を存分に楽しんでいるのがいて、それを見るにつけ、どうして(時間的にも金銭的にも)そんなことができるのかと不思議でならなかった




私はと言えば、59歳で引退するまで仕事に縛られ、週に2日も休むことはなく働いてきたが、この若者たちは時間も金も持っているからこそあんな生活を楽しんでいるに違いないと


ひょっとしたら価値観の違いによるものなのかも知れなかったが、経済的に成功し、時間を持て余す引退者でもないのに単なる価値観の違いであのような“優雅な”生活が送れるわけがない



私は、こうした事情については一種の親ガチャによるものだと考えている


一般的に、高校や大学を出て社会人になると経済的に自立することを求められる

20代も半ばを過ぎて親のすねをかじって悠長に学生やってたり、経済的自立もせずに親の援助を受けて遊び惚けている連中なんだろうと推測する


そして、そうした横着な連中というのは大方は自力で稼いだわけででもない金で人生を謳歌し、若いうちから海外旅行だ、イベントだのと遊び惚けていながら、金の出所については一切明かそうとはしない


不労所得を得ている人ほどそれを表には出さない

私は出しているが、それは自身の勤労、勉強、貯蓄、投資によって得たものだからだ


昔の日本社会は、勤め人には例え有給休暇があっても長期の休暇を取る自由はなかったし、若くして海外旅行に呆けるような金を持つ人も少なかった


作家の沢木耕太郎さんのように貧乏旅行を自認し、勇気をもって世界を旅した稀有な人もいるが、多くは他力本願で人生を謳歌する連中である



ここまで書いて思うのは、人生とはなかなかうまくいかないものだということだ

多くの真面目で善良な人にとって、夢やエネルギーがいっぱいあった若いときは時間もなければ金もない


歳とって、時間や金に余裕ができると今度は夢もエネルギーもなくなってしまう

何なんだろうね、この不公平と不合理は?



30代後半になってようやく経済的に余裕が出てきた私は、自費で海外旅行を楽しむことができるようになったが、それは盆や正月、GWといったハイシーズンの高いときだけ


自分の命を削って業績を叩き出したときはインセンティブとして会社負担で海外へ行かせてもらったことが度々あるが、それはやはり自力によるものである


そうした人生を振り返ると、若いときは穏健左翼で野党支持、歳とって金を持つようになると保守になるというのは自然だったように感じる


ただ、選挙目当てだろうが何だろうが、消費税減税はすべきでないと思う

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