お金好きな人のための聖地へ行く
内容は、精神論、心構え論だが、個人的には技術論や実践論と同等以上の真理だと思う
高収入とお金持ちは違う
高収入は「運」の要素が強いが、お金との付き合い方を間違えればたちまち貧乏になる
努力によってなれる可能性が高いのは「お金持ち」
収入が多くても金に苦労する人はいっぱいいて、一生お金に苦労をしたくなければお金との付き合い方を再考しなければならない
運や努力で多くの収入を得られても、底の抜けたバケツを持ち歩くような日常ではいずれお金からは見放されてしまう
かつて、会社員時代の私はかなりの高収入だったときがある
しかし、それだけ激しい仕事で、休みはせいぜい週1回、朝早く夜遅く1日の労働時間は12時間超だった
更に、稼いだ金は部下を労うために毎晩夜の世界へ繰り出さねばならず、残るものはほとんどなかった
まるで自画自賛のようで申し訳ないが、そのときの私は、出世頭で地位も権力も金もあり、部下に慕われ女性にモテ、まさに藤原道長の「望郷の歌」のような状態
「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたる ことも なしと思へば」
お札を手に持ち「こんなものは紙切れだ」などと言ってはいけない言葉を口にしていた
人というのは弱いもの
高収入はずっと続くものと言う錯覚もあり、リーマンショックで全て吹き飛び、東日本大震災でとことん追い込まれ、辛酸を舐めるに至ったが、あれはお金の勉強をしていたのだと今は考えている
この頃の地を這うような経験はあらためて記事にしたいと考えている
以来、自身の至らなさの懺悔とお金を粗末にしないために、毎年この聖地へ来ている
標題の「お金好きな人のための聖地」とは、早稲田の穴八幡宮
今年も御挨拶にやって来た
ここは金銀融通の神と言われる
ここ数年では一番の混み具合のようだが、例年の社務所によるルートの検討、警察官や警備員による誘導もあって、人ごみの割にはいつも通り動きが良い
集まっている人の顔を見るても金持ちなのかそうでないのかは判断のしようもないが、お金を大切に考えている人たちが集まってきているかもしれない
穏やかで、ある種の品の良さみたいなものを感じるからだ
こうして今年も御札を頂戴し、冬至の今夜半に御祭りさせて頂いた
お金を愛し、お金に好かれるようにまた1年頑張ります