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社会人駆け出しのころ(2)敏腕営業マン

私が、トヨタ系の会社で働き始め、知識もノウハウも持たずに配属された営業所の部署で、先輩の外販ルート営業社員Hさんが免停となったことで、私が代わりに外回りをすることになったのでした


若いというのは怖いもの知らずです


更に、トヨタというネームバリューもあり、当時、顧客との間には暗黙のヒエラルキーが存在し、「殿様商売」的感覚で営業する空気があったと思います


行き先のルートは決まっていて、営業所エリア内の修理工場、板金工場、部品商、ガソリンスタンド、タクシー会社等をハイラックストラックに乗って回るのです


私には仕事をサボるという観念がなく、御用聞き営業でも真面目にこなしていました
私は客先に顔を出しては挨拶し、一声かけて在庫を確認すると置けるスペースがあればどんどん消耗品を卸して売上伝票を切っていきました


社長や注文担当者らは声をかけられると気を良くしてどんどん注文をくれました


すると、どんどん売り上げが上がって2か月連続で営業所の売上記録を更新することになりました


上司の係長も鼻が高かったと思います


ある時、上司の係長が営業所長に「こいつは仕事できますよ」と言ってるのが聞こえて、とても嬉しかったのを思い出します


時には、メーカーの担当がやって来てともに現場で売り込み、すなわち同伴営業をすることがありました


曙ブレーキ工業の担当と外回りをしたときは、途中でタイヤがパンクして、夕方の薄暗がりの中でタイヤを交換して営業所に帰ったなんてことがありました


スタンレー電気の担当と板金工場に行ってヘッドランプのバルブを売って来た時は、社内の別担当が「板金屋にバルブを売ってくるなんて凄すぎる!」とても驚いたものです
(私には驚かれる理由すら分かってませんでした)


実は、今から5年ほど前に、ある飲み屋でその板金工場の社長に会いました
私がカウンターで独り酒を呑んでいると、二つ隣の席から聞き覚えのある声が聞こえてきたのです


声をかけるとまさにご本人でした


実に35年ぶりです


ご本人はもう80歳近くのようでしたが、声やしゃべり方は全く変わっていませんでした
しかし、残念ながら私のことは覚えてはいなかったようです


というのも、その営業所で私が仕事をしたのは10か月間で、その後はトヨタ自動車と系列店が互いに出資をして新規で会社を起こし、関連部署の多くの社員が新会社へ転籍したため組織体制がガラッと変わってしまったからです


要領の悪い純な若者でしたが、目の前のことに一生懸命取り組んだ日々
たくさんの思い出が詰まっていた時期でした


(続く)

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