NEOのゆとりを楽しむ生活

株式投資、英語学習、グルメ、旅行、愛犬とのシニア生活

怪我が多かった私の少年時代(3)

NEO

そういえば、小学生のとき他責の事故も二度ほどあった


自転車を買ってもらってしばらくしてからだったが、母がその自転車で出かけようと言いだしたのだ(2人乗りである)
私は小学校に入ったばかりの頃で当然私が後ろの荷台に乗った


帰り道の急な車道の下り坂で母の漕ぐ自転車のスピードがどんどん速くなり、しかも左の縁石に近付いていくのが分かった


案の定、前輪が縁石にぶつかりそのまま二人とも自転車から投げ出されてしまった
2人とも大きな怪我はなかったと思うが、多分かなり痛かったと思う


(母は後年運転免許をとろうとチャレンジしたが、教習中の車をどこかにぶつけてビビッて途中放棄した位の運動オンチだったのだ)


当時は、父(会社員の職人)の仕事が上手く回らず経済的にも色々あって、母もストレスを抱えていたのだと思う


それで気まぐれで私を後ろに乗せて出掛けようとしたのか?以来、母から二人乗りを言われることはなくなったが(言われてもビビったろうが)

小2の頃、母の実家(新潟県の雪深い山の奥)で親戚の叔父のバイクの後ろに乗せられ近くの農家に取れたてのトウモロコシを取りに行ったことがある(しかも夜)


舗装されていない暗い砂利道(当時の田舎は損な道ばかりだった)を走ると、砂利のために時々バイクの車輪がズルズルっと滑るのが伝わって来て怖いと感じていた


そしてやっぱり転倒した


私は散乱したトウモロコシを泣きながら拾い集めたのを覚えている
運転していた叔父は顔から転倒したらしく顔が血だらけになっていたが、私は擦り傷ですんだようだ(子供というのは体が柔らかくて体重も軽いので重傷にはなりにくいのだろう)


当時住んでいた2階建ての公営住宅には階段があって上から下まで転落したことがあったが、スネを擦りむいただけで済んでいる(メゾネットタイプと言えば上品だが、そんな品の良い家ではなく1階がDKとトイレ、風呂で脱衣所などあるはず無し、2階が6畳間と3畳間の和室)
大人だったら死につながると思う


(続く)

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オールドエコノミー企業が優勢の時代

NEO

毎朝モーサテは見るともなしに見ている
これは一長一短があって、まともに見ても有益だったりそうでなかったり、適当に見ると自己に都合の良い情報だけが入りがちになる
私には後者で十分


投資というのは軸ができたらドンと構えて取り組むのがベスト


今日の「プロの眼」でマネックス証券の広木さんがバリュー株優位について解説していた
平たく言えば、グロース(無形資産)投資よりもバリュー(有形資産)投資への時代に替わった、その要因のひとつがインフレにある、と
デフレの時代はcash is kingだがインフレの時代はキャッシュがどんどん目減りしてしまうため無形資産リッチ企業に逆風になっている、と


昨年2022年の1年間でインデックス投資を中心にやっている投資家はほぼマイナスパフォーマンスだったと思うが、私のポートフォーリオは前年比プラス680万だった

よくみるとインデックスファンドは前年比マイナスであったが、個別株がインデックスファンドのマイナスを凌駕したわけだ

実は私の個別株を80銘柄程度保有(最近は面倒で細かく数えていない)しているが、そのうちの主力は銀行、鉄鋼、海運、商社等のオールドエコノミー企業であり、古くから保有しているものもあれば、コロナショックで暴落したところを拾ったものもある
少なくとも、2020年~21年のグロース優位で靴磨きの少年たちが「これからはレバナスだあ」と言って群がり隆盛を誇った時(結局2022年に壊滅)も、バリュー株中心に保有し続けた(海運はテンバガーだったので多くは売ってしまったが)


その保有オールドエコノミー企業連合が今年も頑張ってくれているおかげで、金融資産が去年をはるかに超えて増大している


個人的には、バリュー株はもっと上昇余地があると見ている
先の記事にも書いたが来年央にバブル高値を更新すると見ており、日本株のリスクイヤーは2025年と見る


一方、マネーフォワードやエニカラー等のニューエコノミー企業にも投資しており、その儲けでレクサス(NX)の新車をキャッシュで買おうと思っているので上がってもらいたい


前総理が再生エネルギー政策を打ち出したとき、一部投資をしたがまるでダメ(一時は3倍くらいになっていたが今やマイナス)
コロナ禍で大きく買われた企業は今はほぼダメという展開


何とか今はある程度うまくかじ取りできているため、80銘柄中含み損は2銘柄だけとなる

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怪我が多かった私の少年時代(2)

NEO

小学校に上がってからは、一つ上の兄と一緒に隣町の小学校までバスで通うようになった
幸いバス停は家のすぐ近くにあり小学校の近くのバス停まで3つ目、子供料金は10円だった気がする(乗るときはいつも10円を握りしめていた)
小1のときの私は並ばせ係で成績はオール3の取り柄のない子だったが、足だけは速かった


家の近所に新しい小学校ができて小2から通うようになったためバス通学ではなくなった
私たちが住んでいたのは新興住宅地で家の周りには空地も多く、学校での友達はまだその地域は住み始めて間もない人たちばかりだった


家は2DKの市営住他で結局高校を出るまで自分の部屋というものを持ったことも無く、これは若いうちは自身のトラウマで、小学校時代から既に家の間取り図を書くのは趣味の少年だった(生まれ変わったら建築士になりたい)


学校の友達は土地付き一戸建てに住む人も多く、とりわけ当時、もう50年も前の話だが、土地の広さは70~100坪が当たり前だったので、駅近ではないにしても比較的裕福な人たちが住んでいたのではないか?
うちは公営住宅、と思い僻むようなことはなかったが・・・

そんな小学校の2年生のとき、濡れたモップで掃除した後の廊下で走って滑って後頭部をゴツン!
目の前に星が現れたことがあった
病院に行くようなことはなかったが、以来(若いときだが)片頭痛がたまに出るようになる
なぜ昔の学校のリノリウムの廊下は滑りやすかったのだろうか?


小学校3年生くらいのときのことだ、近所の子と公園で遊んでいて、ふざけて大きな石を砂場に投げて遊んでいた
あるとき投げた石を取りに行ったところにその友達が投げた大きな石(10センチくらいの塊)が私の頭のてっぺんに落ちてきたのだ


当然、私の頭は切れ血がたくさん流れ始めた
親のところに行くと車ですぐ救急病院へ、麻酔の注射をして数針縫った
数針縫ったときより麻酔の注射で泣いてしまったので、「麻酔の注射の方が痛かったみたいでした」と親に看護婦が話している声が聞こえた
友達の親は私の親に平謝り
でも、あれは飛び出した私も悪かったのだ


小学校時代の私はいつも運動会のリレーの選手だった
小6ではアンカーを務めた
低学年ではボーっとしていた私も高学年になると読書に目覚め、親に本をねだるようになっていった
(続く)

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怪我が多かった私の少年時代(1)

NEO

先日肩痛のリハビリで整形外科付属のリハビリ施設へ行った際に、過去の病歴や怪我などについて色々と聞かれた
今現在の痛みや病気について過去の事例を参考にこれからのリハビリ計画を立てていくというのは理解できる
数十年の時を経て、過去の病気や怪我が今の痛みに直接、間接にどれだけ影響があるのか判断するのは至難の業だと思うが、参考程度にはなるかも知れない


それで思い出したのだが、私の少年時代はとにかく怪我が多かった


小さいときはよく手首の関節が外れた(どこかへ家族で出かけようとしたら手首の関節が外れて出掛けられなくなったと母が嘆いたのを思い出す)、関節が外れても痛みはなく、ただ医師などに連れて行かないといけなかったのだと思うが、その前後の記憶はない


3歳くらいのとき一つ上の兄が観音開きの大箪笥の扉の上部につかまって開閉遊びをしていて、マネして自分もやってみたら手の指を挟み爪が丸ごとはがれた(今も大泣きしたのを覚えているが、親が不在だったのに爪がはがれるような怪我をして大丈夫だったのだろうか?帰宅した父親が箪笥扉の上部を触りながら「ここではがれたんだ」と話した記憶はある

同じく3歳くらいのとき近所の空き地でよく友達と遊んだものだが、あるとき釘の飛び出た建築の廃材を踏み付け、足の裏に突き刺してしまったことがある(この時も大泣き)


4歳のとき道を歩いていて後ろから来た車に轢かれ、しばらく入院したのを思い出す
今も鼻にその時の傷が残っている
道端から道路の真ん中の方へ急に私が飛び出してしまったものだから運転手も防ぎようがなかったと思う
後から聞くと、運転手はやくざ者で家ではライオンを飼っていて最後まで見舞いには来なかったそうだ(奥さんは来ていたらしい)
病室で母親の背中におんぶされバナナを食べた思い出がある(1回目の救急車と入院)


小学校に入る前、やっと買ってもらった自転車
兄や友達が自転車を乗り回して遊んでいたが6歳の私にはまだ自転車が無かったのだ
楽しそうなみんなの姿を見て悔しくて泣いている姿を見て親がついに買ってくれたのだ
乗っちゃ転び乗っちゃ転びしながらようやく一人乗りできるようになると楽しい移動手段となった
あるとき猛スピードで下り坂を走り、見通しの悪い交差点をそのまま通り過ぎようとしたら運悪く右方向から乗用車がやってきてぶつかり跳ね飛ばされてしまった
私は大泣きしていたが「急に出て来たもんだから・・・」と言う運転手の声は今でも耳に残っている
この時はその運転手が外科まで連れて行ってくれたんだが、手足の擦り傷でおさまったようだ


幼年時代の記憶に刷り込まれているのは、「なんとかしなきゃ(まずいことになる)」という原記憶である
これが胎教なのかどうかはわからないが、いつもそんな焦燥感に支配されていたような気がするのだ
(続く)

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新NISAと株式市場の行方

NEO

インデックスファンドと日本の個別株を持ち続けており、比率的には3:5程度になる
来年から始まる新NISAにはオルカン1本で行くと思う
オルカンが信託報酬を下げるまではslimS&P500も検討していたが今や(これからは)オルカン1本で決まりだな
ちなみに、ノムカンもトレカンも検討外


娘は楽天証券なんだが楽天銀行に口座を作るよう指示
来年より毎年110万円暦年贈与し(都度契約書を作る)、毎月オルカンを10万買わせる
15年継続しての贈与はかなり長丁場だが、贈与税を取られず新NISA枠の1800万を埋めるにはこの手がベストかなと(一人娘だからできること)


私と妻は全力で毎年360万オルカンを買うかは検討中(そこまでやる必要があるかどうか)


ところで株式市場の動向なんだが、円安(148円/$程度)によってインデックスファンドは概ね好調
個別株も銀行、商社、海運、鉄鋼等バリュー株(高配当株)が主体のため大きくプラスを維持している(もっともこの1週間で数百万減らしているが)


簡単に円高にはならないだろう
今の140円程度のレートがしばらく続くのではないかと見ている


このところ日経平均はTOPIXに劣後しているが(それがマイポートフォーリオが良い理由)来年央には 日経平均はバブル時高値を更新すると見る


ネットで見ると「もう下がる」だの「危ない」だのいう人もいるが、そうした相場観もポジショントークでよくよく読んでみると、昨年(または1昨年)ほぼ売ってしまってポジションが軽くなっているとか、信用で売りを持っているとかていう人が多くて笑ってしまう

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