NEOのゆとりを楽しむ生活

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亀戸天神 藤まつり 2025

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亀戸天神社は犬に優しい神社で地面に足を付けず抱いていれば境内への入場が可能です

また無料駐車場を併設しており他の都心の神社に比べて利便性も高い


ただ藤まつりともなれば混雑は必至

車で向かいましたが駐車場難民になることも覚悟していました


GWも始まった最初の日曜日ですから錦糸公園周辺も大賑わいです

ひょっとして藤まつりの亀戸天神社までの行列なのか?とも思いましたがそうではありませんでした



さて、スムーズに神社の駐車場に車を止めることができました

午前10時頃でしたが境内には多くの人が参拝かつ藤見物に訪れています



参拝の行列 残念ながら本殿は補修中で見栄えは良くない



藤の花もピークを過ぎて何だか疲れてますね(笑)


藤まつりは4月30日までですが花盛りを過ぎて想像してたほど混雑はありませんでした


それでもイベントが行われて、出店も数多くたいへん賑わっています


境内で船橋屋がくず餅を販売していて商売繁盛です

皆さん用意されたイスとテーブルについて食べています



なんじゃもんじゃの木



境内の外の船橋屋本店前でもくず餅を販売していて大勢が群がっています



お昼になったので境内の江戸懐石若福さんで昼食



ただワンコが入店できるわけではないのでテイクアウトにしました


境内のベンチに座り食べました

あなご弁当と牛すき焼き弁当(合わせて税込4,428円)


うーん、旨いけどやはり弁当なのでご飯が固くて冷めている

食事は出来立てが一番旨い


普段こういうの買わないけど、ペット可のランチ店を求めて錦糸町まで歩くのが面倒で妥協してしまった


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鎌倉・江の島七福神めぐりコンプリート

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鎌倉・江の島七福神めぐり(御朱印集め)は通年可能で、各寺社で色紙(500円と1,000円の2種類)も販売しています

さすが観光地ですね


JR横須賀線の北鎌倉から江の島まで歩いてコンプリートしようとすれば10キロ近い道程を歩くことになりますが、街並みや寺社の境内をゆっくり楽しみながら歩き、ついでにグルメをとなれば2日に分けて巡るほうが良いかも知れません


1週間前に藤沢駅を起点に江島(えのしま)神社御霊(ごりょう)神社長谷寺へは行ったので残りはあと5寺社となります



うちは老犬エルがいるので移動はいつも愛車レクサスNX


朝7時から営業している北鎌倉のVerve Coffeeさんで朝食

代々木公園店にも行ったことがありますが最近要所でよく見かけます

どこも店内ワンコOKで、ここ北鎌倉店は駐車場もあり貴重なカフェです






Verve Coffeeさんの裏手には浄智寺があり朝9時の開門を待って入境しました

2度目の訪寺ですが、境内はリードを付ければワンコも散歩できるという寛容なお寺です


ちなみに参拝者には無料で駐車場も開放されており寛容度はMAXです





次に、鶴岡八幡宮へ向かいました

この鎌倉を象徴するような巨大な神社ですが、寛容度は江島神社浄智寺に比べてダダ下がりとなります


まず駐車場は有料のみですが、路上駐車を嫌う私からしたらこれは仕方がない

さらにここ最近ワンコの立入りを禁止にしてしまいました


事情があるだろうと推察しますが、優良愛犬家としては納得し難い措置であり、宗教家を称する貴殿らの普段の行状を知る私としては、こうした一方的な対応は更に受け入れ難いことと考えます(宗教的意味合いから寺社が動物類を受け入れないという理屈は知っている)


しかし、ルールはルールなので私とエルは駐車場に待機して妻ひとりが境内へ入りました




次は、鎌倉駅近くまで移動し本覚寺






そこから歩いて妙隆寺





さらに歩いて宝戒寺


ここ本堂内では許可を得て焼香の上、鈴(りん)と木魚を借りて般若心経を唱えてみ

ました

元々経本は一冊まるごと暗唱していますが、本堂内で唱えるのは久しぶりのことです




これで鎌倉・江の島七福神めぐりは完了です


正直言えば七福神めぐりは単なる動機にすぎず、本旨は街並みや境内を歩きながら見て楽しむことにあります


帰りは車を止めている鎌倉駅方面まで参道である若宮大路を散策


途中の鎌倉焼を食べ歩き


ランチは裏通りに入って美水さんで


歴史ある名店が並びますね


昼頃になると観光客がかなり増えてきます

無理せず午前中を中心に半日行動して帰途に就きました


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大腸内視鏡検査の予約をしてきた

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高血圧、飛蚊症、緑内障と少しずつ身体的ガタが出てきました

高血圧は55歳を過ぎてから降圧剤を処方されています

飛蚊症、緑内障は最近のことです


個人的には、脳、肝臓、大腸そして目が自身の弱点だろうとサプリを日常的に取るなどしています


サプリは気休め程度とは思いますが、DHA/EPA(血液サラサラ)とシリマリン(肝臓)に関しては絶大な効能を実感しており、どんなに深酒をしても二日酔いをすることはなくなりました



それ以外は特に持病もなく健康体ですが、病院での定期的な健康チェックは続けています



まず、年1回の妻の会社の組合健保の健康診断

この3年お世話になってますが、親切かつ効率的にやってくれています


いつも血圧降圧剤を処方してもらっている主治医(内科医)には3ヶ月に1度採血のうえ数値をチェックしてもらってますが、ほぼ数値に異常はありません

また2年に1度くらいのペースで胃の内視鏡検査もしてもらっています


昨年は、この主治医に紹介を頂き別のクリニックで膵臓等のCT検査も受けて来ました



半年に1度のペースで泌尿器科では採尿検査をしてもらってます


脳神経外科では2年に1度くらいのペースでMRIによる画像診断をしてもらっています

ここでは過去の脳挫傷(高校生のとき)の話をしたら保険適用にしてくれました

(それでも7,000円弱くらいですが)


歯科医ではクリーニングと検診を毎月続けています



先日は、近所の総合病院へ行って保険適用にするため問診の上、6月中の大腸内視鏡検査の予約をしてきました

過去2回やったことはあるけど、今回は2020年以来ですから5年ぶり


これだけやってても医療費は窓口負担ベースで年間6~7万円くらいのもので、妻分を合わせてようやく医療費控除ができる程度です


後期高齢者の父はこれまで比較的高額な医療保険料を払いながらほぼ医者いらずですがそういうのはかなり稀でしょう


自身の心身の状態に関心をもってしっかり健康チェックをしていくのは良いことだと思います

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実兄家族とは今後の縁を切るつもり(3)

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2022年末、兄に母の死亡を電話で伝えたところ、「(自分の)家族は多分出ないと思うよ」などと言ってました

兄自身は葬儀不参加と後日ショートメールがありました


つい最近までタダで12年も同居させてもらっていて、その実母の葬儀にも参列する気もないって、お前はやくざ以下の外道か?村八分思想の江戸時代民よりはるか下だな



兄と別居していた兄嫁に電話をすると兄への悪口、母への悪口がどんどん出てきます


兄嫁の話を私はしばらく静かに聞いてましたが、なんで母死亡の連絡をしたときにウダウダそんな話を始めるのか?(私には初めての話ばかり)


兄嫁はこれまで認知症の母を世話をすることも無かったし、コロナ禍で行動制限があったのを考慮したとしても約1年の母親の入院中に母親を気遣うような電話連絡も一切なかった

それが亡くなってからその人の文句を垂れるって人としてどうなのか?これも外道か?

親孝行だの長男の嫁だのって詭弁を弄しながら言行不一致は恥ずかしくないのかね?


そうおたくはただ実家に住むことで家賃を浮かせたかっただけじゃなかったのか?

それを親孝行だのと美辞麗句を繰り返し、長男の嫁などと時代遅れの屁理屈をこねくり回し、それが叶わないとなってから身勝手なその恨み節を本人が死んでから言ってるだけではないのか?


私は、兄が12年もカネも出さずに実家に住みついていたのは、周辺相場を勘案すれば金銭的に安く見積もっても1,000万円近くも金を浮かせたことになり、それは取りも直さず同じ家計であるアナタもメリットを享受したことになるのだとはっきり伝えました



その電話の後、今度は兄の長男(私の甥)に電話をすると、またも兄(本人の父)の悪口ばかり

子どものときにこんなことされただの、借金がすごいらしいが何でそんな借金があるのかはよく分からないだの、家に(兄嫁)3万しかお金を入れてくれないだのと・・・


葬儀の段取りに忙しいとき、そんな話を私にされても困るのだが、どうも兄嫁と息子は連帯しているような感じだった



結局、母の葬儀に兄と兄嫁は不参加、兄の長男だけが参列、本人と母親(兄嫁)の香典を持参した


しかし、その後は一切の問い合わせもない

四十九日も納骨もこちらから連絡する気にもならず、先方からもまったく連絡はありません


よくもまあ、こんな連中が「親孝行」だの「長男の嫁」だの「長男の長男」だのと言えたものだと呆れかえる


私は、死人に口なしの母の葬儀で一方的に文句を垂れた連中に強い不信感不快感を持っています



ちなみに、母の死後実家で遺品整理を妻と始めたところ、兄に付き合わされて買ったと思われる着物類が大量に出てきました(兄は着物会社に勤務)

不甲斐ない自分の営業成績のために自分の母親を散々利用してきたのでしょう


更に、母の通帳から過去10年間で500万円を超える使途不明金が見つかりました

父の年金だけで十分にやっていけるのに、認知症を抱える高齢主婦がこれだけのお金を引き出すのは不自然です

認知症の進行によりキャッシュカードすら使えなくなった頃に実家の家計(父自身の年金口座)は父が管理するようになりましたが、母の口座について私が調べるまでは父も不明な支出については知りませんでした

私は兄が関与していたのではないかと考えています



私は死んだ母のためにもこの連中とは今後の縁を一切断つ積もりでいます


また、家墓の名義人はすでに私となっていますが、仮に兄が私より先に亡くなったとしても当家の墓に入れるつもりは名義人(祭祀主催者)として一切ありません

もっとも、気苦労のなさそうなこの人はずるずると長生きしそうな気がする


また、父には私にすべての財産を譲るという遺言書を書いてもらってます、父の財産は死ぬまでに全て使い切って構わないと父には伝えています

(現老人ホームでの生活により漸減する予定)


借金漬けの兄からしたら早期に遺留分だけでも手に入ればやり直せるのかもしれませんが、どうなるかは将来の私の判断にあると言えます


父に遺言書を書いてもらったのは少しやりすぎたかな?とも思いましたが、これまで親孝行なるものを一切せず、12年も自己都合で親実家にタダで居候し、母を営業で利用したのに加え数百万に及ぶ使途不明金、家族ぐるみで悪口を言い葬儀にも現れなかった代償として考えれば兄には遺留分の価値すら無いと考えています


私は亡くなった母のためにも、兄家族に対しては今後厳しく対応していこうと考えています

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実兄家族とは今後の縁を切るつもり(2)

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私の母親が亡くなったのは脳梗塞発症から1年後の2022年12月でした


この間に私は、母の複数の病院への入退院とリハビリ、3回の手術、特養を探しての申し込み、介護手続き、障害手続き、父のフォロー等と目まぐるしく動き、仕事は未練なく辞めてましたが、もし仕事を抱えていたらとても対応できなかったと思います


人の命がいつ絶えるのか分からないというのと介護がいつまで続くのか分からないというのはほぼ同義ですが、最近の葬儀で親族が涙を見せるケースが少なくなったのは悲しい以上に「(やっと終わったんだと)ホッとする」ことからなのでしょう


私の場合、もう10年以上前から認知症の母を気遣ってはいましたが、この1年間はまさに怒涛のようでした



葬儀については私が中心となって段取りを進めました


兄や兄家族には私から電話を入れ死亡の事実を伝えましたが、その反応は極めて冷淡なものでした


まず兄は、そもそも葬儀に参列するかどうかをその場で保留、その二日後ショートメールで「この度の件、出席を遠慮させて頂きます。供花についても辞退いたします。」などと送ってきました(外道か?お前は!)


兄嫁は、葬儀の連絡を入れた私にまずは兄に対する悪口のオンパレード、兄と結婚した時に借金があっただの、先物に手を出してまた借金しただの、最近も数百万の借金を抱えて破産宣告を受けようと生活費の口座のコピーを送っただのと、私の知らない話まで色々出てきました


福島県内(兄嫁の実家)で本人たちが結婚式披露宴をしたときに地方から出てきて参加した親族を温泉旅館に宿泊させて兄がクレジットカードで全負担(当時30数万円くらい)してたのを私は知ってたがその借金のことではないのか?(それは電話で兄嫁に伝えた)


しかし、これから葬儀の準備をするというときにそんな話をしてくるものかね

女というのは感情的になると止まらない、狭量で自己中、自分の理屈が正しいと思い込むと時と場を一切無視して主張してきます



ただ、聞き捨てならなかったのは兄嫁の話が故人(私の母)へ矛先が向かったことです


兄嫁曰く「私は長男の嫁で親の面倒は長男の嫁がするもの、親孝行をするから実家に住まわせて欲しいと何度も言ったのに無視されてきた」と故人に対する批判でした


えっ?今の時代に義両親と同居したかった?

田舎の土地持ちでもなく大きな家持ちでもなないのに同居するってお互いストレスでしかないと思う

結婚した当時はうちの両親も60歳前後で元気だし世話してもらおうなんて1ミリも考えてなかったと思うし

母が認知症を患って本当に介護が必要だったときにはそんな話もしてこなかったろ?


親孝行って言葉を出すのもあまりに胡散臭い

本音は、持ち家が欲しかった、経済的に楽をしたかった、ではなかったのか?

そのため親孝行だの長男の嫁だのという詭弁を弄したに違いない



ちなみに私の母はあまり気が強いほうでなく、はっきりとモノを言う兄嫁からのらりくらりと逃げ回っていたんじゃないかと思う


私が小学生だったころ、母はパート先で苛められて泣いて帰ってきたこともあった


以前の記事にも書いたが、私が子供の頃は2DKの公営住宅に住んでいて狭い家に川の字になって寝ていた時期があった

そして父の母を引き取り面倒を見ていた時もあった


私が24歳になって(父が60歳に近かった時)新築分譲物件を買いようやく4LDK戸建て住宅に住めるようになったのだ


それなのに気の利かない兄とてきぱき動く兄嫁そしてその子供たちが同居するのって、ようやく子育てが終わり自分の人生を楽しめると思っていた母にとってはとても乗れない話だったんじゃないかな?


あるいは経済的に擦り寄って来てるのが垣間見えて言葉通りに受け取ってなかったんだと思う


だから軋轢をおこさないよう断るともなしにのらりくらりとしていたんじゃないか?


ちなみに父に聞いたところ、「そんな話は聞いたことがない」と言ってます

多分本当だと思います



兄嫁は長く専業主婦をしていて、夫である私の兄の稼ぎに文句をつけるのなら自らが働けば良いじゃんと私は思うのだが、母が亡くなった頃は本人は地元の会社で正社員として雇われていてそれなりの収入もあったのだと思う


そうした経済的な自立が兄や母に対する文句を促している側面もあったのかも知れない


兄に対してウダウダ言うのは分からないでもない

2011年の東日本大震災の数日後、福島県郡山市に住む兄嫁に私から安否確認の電話を入れたところ「あの人(私の兄)からは未だに電話すらない」と愚痴っていた


そんな私の兄に対しては私もこれまで繰り返し批判しているように、気の利かないダメ男だと思うが、それは嫁であるオタク(この人は私より4つ年下)の問題、家族間の問題でもあり、責任転嫁してうちの親に文句を垂れるのは「江戸の敵を長崎で討つ」と云うこと


見当違いの話は、私には受け入れ難い内容でしかなかった



実兄家族とは今後の縁を切るつもり(3)に続く

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