NEOのゆとりを楽しむ生活

株式投資、英語学習、グルメ、旅行、愛犬とのシニア生活

年末の築地市場

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12月30日、食料品を買いにアメ横に行くか築地に行くか検討


コロナ禍以前アメ横は何度も行ってるが、年末の築地は行ったことがない


アメ横のイメージは安かろう悪かろう、気前の良い値引きも売るためのレトリックに思えるし、持ち帰って食べてみると、タラバ蟹はスカスカ、中トロは小骨まみれなんてこともあったので品質はあまり期待できない(それも含めて風物詩かも知れないが)



築地はどうだろう?と思い朝8時半に家を出て電車を乗り継ぎやってきた


エルを連れて車で来ることも検討したが、食品街を歩いての品定めには連れ歩きは難しいので留守番をさせることに


留守番の様子はペットカメラで随時確認できるので少しは安心できる


しかしエルは勘が良いので、自宅で一緒にいるときや散歩の時間外は安心して熟睡するものの、自分だけおいていかれたと気付くと家の中を徘徊し寝ようとしない



さて、食べ歩きと食材購入を目指して、朝9時半頃に築地市場駅に到着
場外市場へと向かった



なんじゃ?これは?
市場に近付くにつれて人混みが際立ってくる
歩きながら、築地の内外市場はアメ横よりもはるかに大きく、その規模も客数も凌駕しているのではないかと思われた



今や、プロ市場が豊洲に移転したため、「場内」とか「場外」とか言う表現が妥当か知らない


しかし、内外市場の賑わいは、自由に歩くのも難しく、人混みの多さから品定めも楽にさせてくれない
全部ゆっくり見て回るのは1~2時間ではとても無理だろう



目的の食べ歩き目当ての店はどこも行列を成し、開店前の飲食店にも人が並び、人気の生鮮店前は黒だかり、そしてその値段にもかかわらず良い品は飛ぶように売れている印象だった


食料品は何も買わなかったので品質については語れないが、印象としては豊漁のカニも、質の良さそうなマグロも決して安くはなかった
だから地元スーパーでじっくりと品定めをしてから買いたいと思ったのだ


途中の喫茶で珈琲ブレイク



築地本願寺にも寄ってみる


こんな一等地に寺院を構えられるのは、ひとつは宗教法人特権、固定資産税を払ってないからだ


宗派の中でも一番俗に近い教義を広めた親鸞さんは妻帯長寿
あっ、現代の坊主とその取り巻きは皆俗物ばかりだった(笑)
親鸞さんは大衆と仏教を近づけた功績がある



築地での飲食は諦めて、銀座の知ってる店に向かったが年末休暇


しかたなく歌舞伎座を横目に買い物しながら有楽町まで歩き、山手線で東京駅に移動



帰省客でごった返す東京駅構内
八重地下でようやく昼食にあり付けたのだった
(一番安い下記のランチセットが1980円!高!)



一番高い「ぜいたく丼」と言う名のマグロ、いくら、うにのセットが6980円って誰が食うのか?貴族か?)


元々ROMで、自分のブログは9月から始めたばかりですが、来年も、ざっくばらんに、偽りなく本音で、賛否の声に動じずに書き残していきたいと思います

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ADHD状態だった私の高校時代

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高校時代の私は自転車通学をしていた


片道40分程度で、アップダウンのあるアスファルトの道路をブリジストンのロードマンで雨風に関わらず通っていた


ロードマンは昔流行ったドロップハンドルのスポーティなサイクリング自転車だ


その頃の私は多分ADHD状態だったと思う


ADHD 注意欠如多動性障害


当時そんな言葉は無かった


今は、医学が進歩し、社会的な理解も進み、自他ともに冷静な目で見る空気が醸成されてきており、自分を極端に追い詰めてしまうことに対して一定のバリアが作られているような気がする


逆噴射で事故を起こした片桐機長の「心身症」という言葉が世に出たのもこの頃ではなかったか?



私の場合こんなことがあった


朝の通学時に自転車に乗りながら坂道を下り、注意散漫な状態で自転車は徐々に左ガードレールに近付き、一番スピードに乗ったところでガードレールに接触


そのまま自転車とともにガードレールを飛び越えて、道路わきの崖に転落したことがある


幸い大きな怪我はなかったが、学生ズボンや白ワイシャツはボロボロになり汚れ、それでも自転車を抱えて自力で崖を登り道路に戻り、跳ばされた通学かばんを見つけて荷台に固定し、変な回転音を鳴らし始めた自転車に乗って再び学校へ向かった


当然遅刻となったが、始業時間をとっくに過ぎた頃にボロボロの体でやって来た私を見つけた副担任の数学教師は「おい!どうした?」と声をかけて来ただけで無関心に適当にやり過ごされた


またこんなこともあった



今度は帰り道、普通に自転車に乗っていたのだが、左の木立から大きな太い枝が道路にはみ出ているのに気付かず、そのまま顔面から衝突し激しく転んでしまった


普通に前を見ていれば目に入るはずなのだが、周りが見えない、注意散漫な精神状態が起こした事故だった


子供時代から自分の中で焦燥感や強迫観念的なものが強く、一方で真面目な性格だったので、何か歯車が狂い始めると自分でも修正できなくなる、そういう状況だった


高校での生活も、人間関係も上手くいってなかったし、学業もけして良くはなかった


なんと辛い高校生活だったろう
しかし、どんどん空回りをして「本来あるべき自分」からかけ離れて行ってしまうのだった


誰でも辛い思い出、思い出したくないこと、忘れてしまいたいこと、公にはしたくないこと等いっぱいあるはずだ


しかし、このブログは過去を整理し決別するために書いてるので、書ける範囲で書いていきたい


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真面目な高校生だった私、寿司を握る

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高1で始めた新聞配達のバイトも3か月で辞めてしまった


若いうちはとにかく眠い
たまにいる苦学生等がルーティーンで新聞配達のバイトをしているのは凄いと思う


高2の秋に部活中の事故で2週間の入院を余儀なくされて、完全に部活を辞めてしまい時間も出来たので、翌年からテイクアウト専門の寿司屋でバイトをすることにした


店主は、Gメン75に出てた藤木悠さんと高橋克実さんを足して割ったような感じの大柄な人で、たまにしか出勤はしないが、仕事のイロハを教えてくれた


まず、店に入ったら昼でも夕方でも挨拶は必ず「お早うございます」と言うようにと言われた


右も左も分からない高校生には、この分かりやすい言葉が有難かった


働いている人は全部で5~6人で、家庭を持った20代から40代のパートの奥さん方がシフトを組んでいたが、シンプルで分かりやすい指導を意識されていたのだと思う



飯を炊いたこともない高校生の私にその炊き方を教え、寿司の握り方も教えてくれた



今から40年以上も前のある意味牧歌的な時代で、今だったら昨日入ったばかりのバイトが握った寿司なんざとても食べる気にならないが、当時は持ち帰り寿司が流行り始めたばかりで、店もそれなりに繁盛していたのだ



しかし、女性の職場と言うのは色々と諍いも起きる


休みの取り方などで対立する場面(喧嘩)もあったし、自分の家庭の愚痴や他人の陰口なども散々聞かされたものだ


私は職場では一番若く、唯一の男ではあったが為す術もなく、ちょっとでも出っ張った態度を取ろうものなら私が格好の餌食になりかねないような雰囲気すらあったので、そういうところは気を使いながら働いていた



時給は覚えていないが、多分600円とか700円くらいだったのではないか?
1980年頃のことなのでそんなもんだろう


街では、サザンオールスターズの「チャコの海岸物語」、さだまさしの「関白宣言」、松山千春の「恋」が流れていた、そういう時代である



私はお金を貯めてやりたいことがあった

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真面目な高校生だった私への不思議なお年玉

NEO

多分最初のアルバイトは高校時代の新聞配達だったと思う
高1のときに、学校に「心身鍛錬」と届け出て朝刊の配達を始めた


晩秋の肌寒い頃で、16歳になったばかりであった
毎朝4時頃に起きて自転車に乗り数キロ離れた配達店を目指す


眠く起きるのも大変で、移動中は暗く、寒く大変だった



まず、新聞に折り込みチラシを入れる作業から始まって、自分の配達する分の荷ができたらそれを自転車の荷台に積む


初日は販売店の奥さんに付き添ってもらい配達するが、二日目からはひとりで回った
バイクの免許もなく、山ほどの新聞を載せて重くなった自転車を使って近くを配り歩くのだった


軒数は100軒だったかそれ以上だったか記憶にないが、不慣れな高校生のバイトなんで大した軒数ではなかったと思う


うっかり寝坊をすると自宅の黒電話にあのデカい音で督促の電話がかかって来るので、ビクッと起きたことが何度かあった


狭い公営住宅なので1階の黒電話がなれば家族全員が起きてしまう
申し訳ないことをしたという気持ちでいたと思う


配達は、エレベーターもない4階建てのアパートもあり、集合ポストではなく居住階まで配達していたのであまり効率の良いものではなかった


高校生になって初めての正月元旦の朝も新聞配達の仕事だった
暗くて寒い通りにはほとんど人影もなく、車も走ってなかった


いつもの通り4階建ての公営アパートのコンクリートの階段を駆け上がると、途中にしわくちゃになった一万円札が何枚も落ちているのを見つけた


常夜灯に照らされ、無造作にポケットから落ちこぼれてしまったような感じだった
拾って数えてみると何と4万6千円もあった


もちろん高校生の私にとっては大金で、新聞配達のひと月のバイト代よりも大金だった


おそらく年末の締めの飲み会か何かで酔っぱらって帰って来て、ポケットの中の自宅の鍵をまさぐっているうちに落としてしまったのだろう


財布を落としたのなら、善人が拾えば落とし主に戻る可能性はあるが、くしゃくしゃの裸銭では落とし主は特定できない


酔っ払いが落としたのなら、どこで落としたのかも分からないだろうし、そもそも落としたことにも気づいていないかもしれない


バイトを終えた私は、いったん自宅へ帰り改めて自転車で一番近い交番へ行って拾得物の届け出をおこなった


そして半年後、正規の手続きを経て、拾ったお金は私に属するものとなった


※今は3か月で拾得物の所有権を取得することになる

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ランチ旅 村のピザ屋 カンパーニャ

NEO

鹿野山を散策した後は、恒例のランチ巡り



人気店で開店11時のところ、15分前に着くともう4~5組が待っていた



寒いので車内待機の人もいたが、開店時間が近づくにつれて店前に集まり始める



並ばないのはおかしいなあ、なんて思っていたらよく見ると入口前に入店予約リストが置いてあって名前を書くようになっていたので慌てて書いたが、うちはワンコがいるのでデッキ(テラス)席希望なので誰ともバッティングせずスムーズに入れました



テラス席と侮るなかれ、3面壁で囲まれてストーブも焚かれているので寒さはあまり感じない


ワンコ連れはうちらだけ
お店の方にワンコのおやつを頂きました(嬉)



雰囲気もいいし、美味しさの予感を感じる


注文したのは、ビアンカハーブM(1,925円)、裏山のジビエ 鹿と猪のチョリソーM(2,310円)、プロシュートとモッツアレラのサラダ(990円)



まずはプロシュートとモッツアレラのサラダが到着
地元農家で仕入れた野菜と千葉県産無菌豚を使用しているという
とても優しい味だ



次に、ビアンカハーブM
ベビーリーフと自家製ベーコンで作った珍しいピザだ



そして、裏山のジビエ 鹿と猪のチョリソーM
トマトソース、鹿のチョリソー、猪のフランク、アスパラガス、トマトなど魅力的な布陣だ



妻と二人じゃ食べきれず、4ピースを持ち帰りに


最後はエスプレッソコーヒーで体を温める




精算時レジにあった卵の直売所の案内に気付き、数キロ離れた場所へ移動


光永ファームさんに到着



産みたて卵を買う



今日も幸せいっぱいのエル


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