NEOのゆとりを楽しむ生活

株式投資、英語学習、グルメ、旅行、愛犬とのシニア生活

千葉県鹿野山と神野寺

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千葉県君津市にある鹿野山は標高379mの山だが、どこが山頂なのかもはっきりしない


道はなだらかなアスファルト道路で車も通るので、「登山」というイメージからはかけ離れる



鹿野山を有名足らしめているのは、ひとつはマザー牧場であり、もう一つは神野寺(じんやじ)である


マザー牧場は子供の頃に一度行き、その後は会社の社員旅行の一環で家族を連れて行っている


今はアクアライン利用料の値下げで首都圏のファミリーも来やすいだろうね




神野寺と言えば、以前トラが逃げて大騒動になったことで有名だが、調べてみると昭和54年8月のことで「そんなに昔のことだったか!」と驚いた


私の目当ては神野寺と久十九谷展望公園で、鹿野山周辺を愛犬エルを連れて歩くことだった


その神野寺を参拝



聖徳太子が開祖とされ関東最古の寺らしいが、それはあくまで自称(寺称)ということで・・・



駐車場から見た山門はなかなか立派で、大きな境内地を想像したが意外に狭く、20分程度で回れるところ、30~40分の時間をかけて見て回った



立派な御神木



観光寺に属すると思われるが、都内の名刹に比べると場所柄のためか多少の見劣り感は否めない



境内はよく整備されている



その後「散歩道」という看板につられてけもの道を歩く



アスファルト道に出てさらに歩き、白鳥神社に到着



エル頑張る



この神社は鹿野山の三つの山頂のひとつのようだが、山頂感はまるでなくゴルフコースに挟まれた寂れた神社に過ぎない



道路をはさんで、九十九谷展望公園へ



ここにきてようやく高いところにいることを確認できる
眺めは良いが、眺める方向は東方面になるため午前中は逆光で写真写りは良くない



逆に、東南向きに建立された神野寺は午前中の見栄えが良い



神野寺まで戻り、隣地の墓地を見学
世代の墓地(歴代住職等)も見つかる



さすが真言宗(神野寺)の僧侶は筆字が上手い!と思って塔婆をよく見ると、塔婆プリンターで作成したと思われる


普段、お布施や賽銭は現金のみのアナログ路線を追求するなら、塔婆も地道に手で書けばいいのに



別に神野寺のことではないが、最近はダブルスタンダードの横着坊主が多い
いい加減な風潮に甘やかされたおっちょこちょいの連中は他にもいるが・・・


もう、なまくら坊主たちを「先生」とか「方丈様」とか「お寺様」とか持ち上げるのは辞めにしようじゃないか!


私の知る坊主は皆、破廉恥で嫉妬深く勉強不足で視野が狭い連中ばかりだったぞ
(神野寺のことではない)




隣の鹿野山ビューホテルはワンコも宿泊できる部屋がありドッグランも併設


鹿野山は全体的にワンコに優しい地区だと思えた

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お金好きな人のための聖地へ行く

NEO
以前、「お金持ちになるための7か条」を書いた





内容は、精神論、心構え論だが、個人的には技術論や実践論と同等以上の真理だと思う


高収入とお金持ちは違う


高収入は「運」の要素が強いが、お金との付き合い方を間違えればたちまち貧乏になる
努力によってなれる可能性が高いのは「お金持ち」


収入が多くても金に苦労する人はいっぱいいて、一生お金に苦労をしたくなければお金との付き合い方を再考しなければならない


運や努力で多くの収入を得られても、底の抜けたバケツを持ち歩くような日常ではいずれお金からは見放されてしまう




かつて、会社員時代の私はかなりの高収入だったときがある


しかし、それだけ激しい仕事で、休みはせいぜい週1回、朝早く夜遅く1日の労働時間は12時間超だった


更に、稼いだ金は部下を労うために毎晩夜の世界へ繰り出さねばならず、残るものはほとんどなかった


まるで自画自賛のようで申し訳ないが、そのときの私は、出世頭で地位も権力も金もあり、部下に慕われ女性にモテ、まさに藤原道長の「望郷の歌」のような状態


「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたる ことも なしと思へば」


お札を手に持ち「こんなものは紙切れだ」などと言ってはいけない言葉を口にしていた



人というのは弱いもの


高収入はずっと続くものと言う錯覚もあり、リーマンショックで全て吹き飛び、東日本大震災でとことん追い込まれ、辛酸を舐めるに至ったが、あれはお金の勉強をしていたのだと今は考えている


この頃の地を這うような経験はあらためて記事にしたいと考えている


以来、自身の至らなさの懺悔とお金を粗末にしないために、毎年この聖地へ来ている



標題の「お金好きな人のための聖地」とは、早稲田の穴八幡宮
今年も御挨拶にやって来た


ここは金銀融通の神と言われる


ここ数年では一番の混み具合のようだが、例年の社務所によるルートの検討、警察官や警備員による誘導もあって、人ごみの割にはいつも通り動きが良い


集まっている人の顔を見るても金持ちなのかそうでないのかは判断のしようもないが、お金を大切に考えている人たちが集まってきているかもしれない
穏やかで、ある種の品の良さみたいなものを感じるからだ


こうして今年も御札を頂戴し、冬至の今夜半に御祭りさせて頂いた


お金を愛し、お金に好かれるようにまた1年頑張ります

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ちょっと贅沢な銀座ランチ

NEO

少し以前にネットで見つけて、機会があれば行ってみようと思っていたお店


レア天丼 銀座 三よし」さん


早稲田の穴八幡詣でをするにあたり寄り道ランチをしようと決めた


本来なら予約がベストなところ、ランチでは予約不可とする店も多くここもそう、その場合は入店時間の勝負となる



カウンター9席のみの店だが、丁寧に天ぷらを揚げるため、混んでくると提供が遅くなるらしい


そのため開店時間の11時より少し前に、できれば一番乗りで店前に並ぼうと家を出た


JR新橋駅から銀ブラを楽しみながら歩き、開店(11時)の15分前に着いたが、幸いまだ誰も並んでいなかった



先頭に並び、たまたま後の電車になってしまった妻の到着を待った


より近い丸の内線銀座駅C2出口ルートを指定しておいたがとにかくトロい



11時ちょうどに扉が開き、ひとりずつ丁寧に店内に通してくれる


広い店ではないが、清潔な感じの素敵な店だ



妻はまだ来てないが、面倒なので海鮮レア天丼特上大山鶏那須御養卵すべて2つずつ注文



代金は先払いで、2人分で計6,600円(税込み)


何故か店端末でID決済が使えず、クレカを差し込んで決済した
(他の客はPayPayで支払う人が多かった)


11時5分を過ぎてようやく妻が到着(トロスケ)



配膳は11時15分頃で2人分


次に並んでいた客の分はその後に作り始めていた(なるほど、だから時間もかかる)


私は次の予定もあったので早く来て並んで良かったと思う


11時半ころにはカウンター9席のうち8席が埋まり、新たな客は「時間かかります」と言われて「じゃあいいです」と帰る人もいたので、時間重視なら開店前に並ぶのがベスト



さて、レア天丼(特上)が着丼


わさび、塩、醤油、ガリ、茶漬け用出し汁等至れり尽くせり



食べ方の見本も書かれている
さすがホスピタリティーの銀座です


まずは、ホタテ、次はイカを塩で食べる
そしてマグロの赤身・・・最高!



茶碗にご飯を入れて野菜天を乗せ出し汁を入れて茶漬けにする、美味い


那須御養卵大山鶏も美味い



銀座6丁目の1本中に入った路地にある店


久々に良い開拓ができました
クセになりそう(笑)

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キックボクシング(2)自分だけの勲章を持つことが大切

NEO

24歳から4年間青春を傾けたキックボクシング


26歳になって、やっと試合が組まれ後楽園ホールでデビュー戦をおこなった


階級はライト級(61.23Kg)


早めに着いて計量をパスしてから、昼食には消化の良い定番のパスタを食べた


試合は夕方からだった
(同じ前座試合でも軽量級から試合は組まれるので、私の試合は比較的後の方だった)


3分3ラウンド


相手もデビュー戦だったが、試合が始まるとすぐクリンチしては柔道技を使って投げて来る


何考えてるんだコイツは??柔道じゃねっての!!


試合後に、控え室で相手陣営のコーチと思しき人が「アイツは柔道2段なんすよ!」なんて言ってたが、ちゃんとボクシングの指導をしろや!


段々こちらも腹が立ってきて、途中負けずにパワーボムでリングに叩き落としてやった
(相手が柔道ならこちらはプロレスだ!)


結果、ドローで勝敗はつかず引き分けてしまった
とにかく疲れたのを覚えている


リングの上では痛みは感じない
ただ、疲労は激しい


当時私は煙草を日常的に吸っていたし、残業で遅くなりジムに通えず近くの総合運動場で独り黙々と走り込みをしたりしていたが、3Rをフルに戦うスタミナがなかったのだ


打たれたり蹴られたところの痛みはリングを下りてからやって来る
実際、私の場合は足(特にふくらはぎ)の痛みで2週間トイレで座るのも苦労した位だった


あと、ボクシングを通して分かったことがある


私は高校時代にスポーツの最中に別の部員と激突し2週間入院したことがある


その激突したときに右目を強烈にぶつけて視力が激落ちして回復していないために、今でもかなりのガチャ目なのだ


そのため動体視力や、小さいものを正確に捉える視力に難があり、以来、球技が苦手でバッティングセンターで投げられたボールを捉えるのも難しく、ゴルフもあの小さなボールに正確に当てるのも苦手なのだ



さらに、ボクシングとなるとガチャ目のため正面から直線的に来るスピードあるパンチの遠近感覚が乏しいためそれを捉えるのが難しい


よく自分でもその後に大型2種免許が取れたと思うが、実際には更新時に深視力検査で苦労している


結局は、ギリギリのところで動くようなスポーツでは、弱点を補えない以上続けていくことが困難となり28歳でパタリとやめてしまった


仕事ではどんなに頑張っても皆が社長になれるわけではない
スポーツでもどんなに頑張ったって全員が優勝できるわけではない
でも「俺はこれだけ頑張ったんだ」という誇りは持つことはできる


若く真面目で純粋だった青春時代の思い出だが、私は自分だけの勲章を得ることはできたのだ

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キックボクシング(1)青春時代の思い出

NEO

愛犬エルとの散歩にたまに使う道沿いにあったキックボクシングジム
少し以前に建物が取り壊され更地となり、賃貸マンション建築の看板が立てられていた


当時フィリピン人妻との間に幼稚園児くらいの女の子がいたあのケチな会長も、今はもう80歳に近いのかもしれない


20年くらい前に一度再会したが、施設にでも入居したのか?

教え方も上手くなかったし経済的にも良くはなかったと思う


実は、24歳から28歳になるまでの4年間、私はこのジムに通っていたのだ


会社の先輩に元キックボクシングのフェザー級新人王だった人がいて、自分もやってみたいとずっと思っていたのだ


忙しかった会社の仕事が落ち着いてきたので、ようやく通えるようになったので入会した
入会金1万、月謝も1万


東京のスポーツ専門店でパンチンググローブやバンデージ、トランクス等を買いそろえ、週に2~3回通った


練習内容は以下の通り


1.ウォーミングアップ
2.ロープ(縄跳び)4R
3.シャドーボクシング4R
4.(サンド)バッグ4R
5.(相手がいれば)マスボクシング(スパーリングの軽いヤツ)または首相撲
6.補強(腹筋やベンチプレス)


1Rはなぜか4分間で設定されていて自動的にゴングが打ち鳴らされ、4分トレーニングして1分インターバルと言うリズムで練習する


しかし、昼間の仕事を終えてこれだけやると結構フラフラになる
だから肉体的にはかなりシャープな身体つきだった(細マッチョ)
(178センチ、ライト級61.23Kg、普段は63Kg)


当時のキックボクシング業界はコミッションが乱立し定期的な興行が中々行われず試合の機会も殆ど無かった


ここのジムは「日本ムエタイ連盟」に属していた(聞いたこともない)
まだK-1が隆盛するずっと前のことだったのだ


それでもジムには昭和40年代から50年代にかけてキックボクシングブームだった時の諸先輩もたまに来ていて、話をする機会もあった


会長にあの沢村忠について聞くと「ジャンプ力が凄かった」と言う


あまりに試合の機会が無かったが、一度県民体育大会(国体の小さいヤツ)のアマチュアボクシングのライトウェルター級(63Kg)の部で千葉市代表として出場させてもらったことがある
(キックボクシングジムに通うただの会社員が市の代表として県体に出場できてしまったことに驚くが!)


当時、キックボクシングのジムに通いながら国際式ボクシングのジムにも並行して通った時期であり、難なく相手に勝つことができた


しかし、それからしばらくして「日本プロキックボクシング連盟」主催で後楽園ホールにて試合が組まれることになった


(続く)

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