NEOのゆとりを楽しむ生活

株式投資、英語学習、グルメ、旅行、愛犬とのシニア生活

食べれば幸せ(2)百姓屋敷 じろえむ

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鋸山トレッキングのあとは南房総市の「百姓屋敷 じろえむ」さんへ


完全予約制のため数日前に連絡して、ひとり3,980円(税込)の食事を予約しておいた
本来は養鶏農家で、その「百姓屋敷」で完全地産地消のオーガニック料理を提供してくれる

車を敷地外の駐車場に停めて(エルは車内で留守番)、「百姓屋敷」へ向かう
↓↓↓入り口

↓↓↓この母屋で食事をする

番犬に案内され築300年と言う日本家屋へ、母屋の屋根はトタンと瓦に葺き替えがなされていた

土間を改装したような板の間ゴザ敷のテーブル席に通された

「百姓屋敷」といっても敷地の広さや家屋の作りからして豪農の部類だと思う
私たちが通された板の間の隣は広い仏間で他の客人がすでに食事を終えるところだった

御膳に乗せられた料理
ふわふわ卵が目に留まる

御櫃のご飯はお替り自由

鶏肉ソーセージ
もちろん自家製

徹底的にオーガニックにこだわる

美味い味噌汁

ひとつひとつ丁寧に盛られて

なんと玄米の餅

最後はデザート

仏間に上がって仏壇の位牌を拝ませていただくと、一見して曹洞宗だと分かる


中に「〇〇院〇〇〇〇大居士」の位牌があるのを見つけたが、院号居士はよく見るが院号大居士は中々見ることはないので、「戦死された方ですか?」と女将に聞いてみた


すると、1953年に三村合併して三芳村になった時の初代村長である祖父のもので、当時墓を改葬して土地を寺に寄進したため、その返礼を込めて「大居士」を受戒されたとのこと


※現在三芳村は南房総市になっている


女将さんは当時の古い写真等を見せてくれた


牧歌的で落ち着いた古民家の佇まいと素朴で美味しい料理だった


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千葉県鋸山(のこぎりやま)へ 実は日本寺境内

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本格的な登山ではなく、山道を歩いて楽しむトレッキングはとても爽やかで健康に良い


青梅の御岳山筑波山は空気が爽やかな山道を楽しめるが、標高700~800mほどあり、時に急こう配や足元の悪いところもある


千葉県の山々は総じて300~400m級の山が多く、より軽やかに2~3時間程度のトレッキングを楽しむことができる


うちのワンコにも基本歩かせるが、後ろ足が不自由のため階段やデコボコ道は難しいから抱っこしたり降ろしたりの繰り返しだ


千葉県房総の鋸山に向かった


朝8:00到着を目指して高速に乗り、R127に降りてから側道のコンビニで朝食をとり、中腹の無料駐車場(日本寺東口)に8時前に着いたが、なんと境内開門は午前9時だった


しかたなく有料の登山自動車道に向かい山頂駐車場を目指すことにしたが、有料入口は8:30開門のため車内で本を読んで時間をつぶしていると、5分前に開けてくれ一番乗りで車で登山道を駆け上がることができた


まずはロープウェイ山頂口から房総からの海と山々を一望する


9:00になるのを待って日本寺西口管理所から境内に入り十州一覧台へ


次は百尺観音

これだけの石を削るのは大変だったろう
6年かけて昭和41年に完成したとのこと


そして地獄覗きの山頂展望台へ


下って百躯観音とあせかき不動

あせかき不動の教え


千五百羅漢道、不動滝を通り

大仏広場へ


台座を入れて奈良東大寺の廬舎那仏(18m)よりも大きい薬師瑠璃光如来(31m)
天明3年に作られた原型を昭和44年に復元したもの


私は大仏よりも整然とした公園風の境内地に和む


妻は寺院管理所で御朱印を貰っていたが、私は書いていた方なので興味なし
また御利益を求めての祈願とか願掛けをしたりはしない


再度また上げ勾配の山道をゆっくり登り駐車場へ


2時間半の見どころの多いゆったりトレッキングだった


11:00に山頂駐車場に戻り、少し休んでから南房総市の山奥の「百姓屋敷じろえむ」さんへ向かう

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オンライン英会話15000分到達!!

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オンライン英会話を始めて1年半になる
ほぼ毎日1日25分を継続している
外出時などスマホでできるかとやってみたら意外とできるものだ


語学の道は遥かなる道


英語の再学習を始めて10年経つが英語力が増した感じがない
それも当然で、英語を使う環境がゼロで英語学習を続けているのだから
周りで英語話す人は皆無


いまだに言いたいことは言えないし、聞くのはもっと難しく感じる
読むのはすらすら読めるかと言ったらそんなことはないし、辞める決意もなくダラダラと続けている


公文式英語を50過ぎて通信でやって4年で最終教材までやって、しかも3回も繰り返してやって、更に単語帳を12冊も作り繰り返し復習して、しかしこの勉強スタイルでは英語は使えるようにはならないなと・・・


つまり、大学受験的な学習法では実践的ではないということ
公文式数学を中学生のときにやってグングンできるようになったあのときに比べてなんだかいまいち、歳のせいなのか、答えが曖昧な語学のせいなのか、成長が感じられない


ついでに言えば、トロイの遺跡を発掘したハインリヒ・シュリーマンのように丸ごと一冊暗記したからと言って語学に精通できるわけではない
故國広正雄さんが推奨したように中学レベルの教科書を「只管朗読」しても英語は上達できないと思う
(経験者語る)


もし自分が今TOEICを受けたら何点取れるか?なんて考えたりもするけど、受験はモチベーションになるけど、自分で自分の尻を叩くような努力はもうしたくないのだ
(でも受けたら800点くらいとれるのだろうか?10年もやって900点くらいいかないと納得できんが・・・)


ちなみに私はこれまで受けた試験はほぼすべて一発合格で乗り切っているが、そういう努力は、その努力の先に楽しい未来が待っていると思えるときに発揮できるもので、すでに引退し頑張らなくてもいいのに、頑張る理由もないのに頑張ってしまうというのは、とても貧乏くさいことだと思う


要は、楽しめば良いのであって成果は求めない
オンライン英会話で知らない他国の人と話すのが楽しい、と言うだけで十分なのだ


最近は「Why Are You Learning English?」という話題で話をしているが、いつも「In the future I Want To Go abroad」「I Want To Travel All Over The World If possible」などと答えている


現実的には、20~30年前に20~30回程度海外旅行は経験している
初めて行った海外は米西海岸で何と新婚旅行だった(飛行機も初めて)


1991年1月に湾岸戦争がはじまると当初予定していたヨーロッパ周遊10日間がキャンセルされ一時途方に暮れたのだが、ようやく戦争が終わり、かろうじて米西海岸8日間を取ることができた


実際に行ってみると、戦争直後という事情もあり旅行客が少なく、ゆったりとした時間を過ごすことができた(ロス、ラスベガス、サンフランシスコ)


現地移動はリムジンで、ハンチングをかぶった黒人運転手が丁寧に応対してくれた
なんとなく映画「スティング」を思い浮かべた


以来、米国本土、ハワイ、スイス、スペイン、エジプト、オーストラリア、ニュージーランド、アジア諸国に行ってるが、ほぼ20年前からほぼ行かなく(行けなく)なってしまった


2021年末にFireして、今はコロナも収束したので、小旅行は行くようになったが、老父と老犬がいるので長期での旅行はもう少し先かなと考えている


早く行きたいね(楽)

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食べれば幸せ(1)寿司割烹 空海

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毎週休前日は外食を楽しんでいる


昨今、どこで外食しても美味しく食べられるのは嬉しいこと
どこで食べても美味しいのなら、より楽しく居心地よく食べられるのがなお一層嬉しく感じられる


残念なのは、私が食レポをするだけの言葉を知らないこと
食材や食感を精細に伝えられないのは私自身が料理をしないからじゃないかと思う
残念なことに妻は私が台所に入ることをあまり喜ばない(ような気がする)
多分なわばり意識もあるのかと・・・


私は料理を習いたいと思っているが実現していない
いずれ料理教室に通うことは検討中


その代わりと言っては何だが、休前日は妻と外食をしている(支払は私持ち)
週末になるとディナーだランチだと払ってるので多分外食費は月に15万円くらいは使ってると思う(いちいち計算しない)


外食して「使い過ぎた!」という感覚はないけど、それは株式市場の変動での金融資産の増減がはるかに凌駕しているからで、また旅行するのと同じように、「食べ歩き」と言う経験を買っているという認識なのだ
(株式市場の下落で金融資産が減ると非常に心が痛むが・・・)


それはともかく、
今回は事前に予約の上「寿司割烹 空海」さんへ
18時に入店しカウンターへ

ビールのあとは全国の日本酒を楽しむ

握りのネタは千倉産直

冷酒が進む

口の中で広がる新鮮な味わいと噛み応え

どんどんすすむ日本酒

次々に新しいネタが

吞みながら全国を旅する

ウニ

いくら

おかわり

焼酎に切り替え

最後は上がりとデザート

これだけのネタ(千倉産直)でひとり8500円(酒は別)
驚異のコスパ!


結構酔いましたが、電車で帰りました


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少年時代の思い出(5)悪友

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小学4年になると悪友ができた


実は、担任の先生には「あいつはワルだから付き合うのをやめた方が良い」と散々言われていたのだが、なぜか一時よく遊んだ
昔の先生は率直にモノを言う人が多かった


この悪友は万引き癖があってよく私を誘ってきたものだ
プラモ屋などの店に入ると、悪友は人差し指を鍵型にして「いまからやるぞ」と合図してくるのだった


プラモデルの箱から中身を出して他の箱に無理やり入れて2個入ったプラモデルの箱を持って精算するのだ


ある時、店主に見つかって説教され「先生の名前を言え!」と聞かれると悪友は「〇〇先生」と流れるように聞いたことも無い名前を口に出した


さすが悪い奴はやることも言うことも徹底してると思ったものだ


悪友の瞬時の出まかせとしおらしい我々の態度を見て反省してると思ったのか店主は無罪放免にしてくれたが、このとき私はとんでもないことに付き合ってしまったと強く後悔して反省した


ある夏祭りの日の夜、この悪友に誘われて、通っていた小学校の理科実験室に侵入したことがある


昔は家も学校も大らかなのか戸締りが徹底してなかった気がする
それにシンと静まり返った校舎は何とも薄気味悪く、それ故興味をそそられた
(これって多分昼間の喧噪との対比がそうさせるんだよね)


悪友は実験器具(アルコールランプやフラスコなど)を物色して盗んでいたが、私はさすがに侵入だけにした


また、近所の建築中の家の開いていた裏側の窓から中に忍び込んで、中を徘徊したりとまさにやりたい放題


50年も前の話だが、この場で改めて謝罪いたします
申し訳ありませんでしたm(__)m


冬休みに、この悪友が私の自宅に遊びに来たことがある


どういう脈絡だったかは覚えていないが、私が貯金箱に入れておいたお年玉の千円札をこの悪友に見せた後で、私が何かの用事でその場を離れて戻ると、この悪友が何だか不自然にソワソワしている


そして「用事が出来た」とかなんとか言ってさっさと帰って行ったのだが、そのあと私が自分の貯金箱を見ると蓋がきちんと閉まってないのでよく見ると私の千円札が盗られていた

これには大変驚いた
誰彼構わず、相手のものを盗む 悪 友 


その後一切の付き合いを辞めたのは言うまでもない




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