NEOのゆとりを楽しむ生活

株式投資、英語学習、グルメ、旅行、愛犬とのシニア生活

食べれば幸せ(8)Tania's cafe

NEO

千葉市若葉区の公営霊園脇の都市計画無計画区域(多分)にTania's cafeというイタリア女性が経営する土日祝日限定のカフェがある


調べるとワンコOKのテラス席があり、これは行くしかないとすぐ電話
するとタニアさんがテラス席が空いているとのことですぐに車で向かった


公営霊園の近くに位置するのだが、たまたま工事のため通行止めで迂回ルートを通ることになったのだが、タニアさんが教えてくれたInstagramの案内に従って細い道を車で突き進んだ

そしてようやく見えてきた

周りは畑と森に囲まれている

ここでイタリア流のスローライフを送る方なのだろうか?

車を停める場所を確認して、お店(?)に向かう(エルも一緒)

テラス席に案内してもらいました

タニアさんは日本に留学後、都内で飲食店を経営
コロナ禍で売り上げが落ちて店を閉め、かねてからやりたかった都内から通える程度の田舎でのオーガニック料理の店をここに開いたのだった

地産地消の野菜を使い、味はとても優しい味に包まれる

ほほ肉

パスタ

うれしそうなエル

エルは外に出れるならどこに行っても嬉しい

タニアさんは都内から通い、料理教室も開いている

一分たったら押すのだと・・・
コーヒーも優しい味

エルはおやつで満足
というか、いつも一緒にいるだけで嬉しそう

不動産屋に頼んでいてここを見つけたのだそうだ
素晴らしい行動力と決断力!
周辺の畑では子供たちが野菜の収穫をしていた


Tania's cafe & Organic farm〜タニアの畑〜
喫茶店
自然の中で千葉市・若葉区にある「Tania’s cafe」は、農家カフェレストランです。
テラス席でワンちゃん達もokです。
※🔴要予約
☎︎ 080-4413-0329
千葉県千葉市若葉区多部田町1531-8
https://www.instagram.com/tania_s_cafe

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誕生日祝いはフレンチで

NEO

誕生日祝いとか大仰なものではなくても、たまにはそろって食事をしたいというもの
娘夫婦と合わせて4人でフレンチのコースにした


支払いはもちろん私が払ったが、翌日妻が自分が払いたいと3万円持ってきた
(このお金は次回旅行代に当てる)


最初はいつもビールから
(サッポロかマスターズドリームが良いのだが・・・)

イタリアンやフレンチはよく行く
お任せコースが手軽で良い

前菜

ミドルボディの赤を一本入れていつも通り飲み切る
できればシラー種があれば良かった

魚料理

肉料理

パスタがあればもっと良かった
デザート

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損害賠償請求の訴えを起こした

NEO

昨年還暦を迎えたと思ったらあっという間に61歳となった
これまでの積年の仕事人生の垢を落とすべく毎日無為な生活をしているが、それでも時間はあっという間に過ぎていくものだ


59歳で仕事を辞めて、一度家裁の調停委員にでも応募しようかと考えて履歴書と志望動機書まで書いて用意したが送付直前に見合わせたことがある


当初は、自分の経歴なら多分採用されるだろうと考え、お金よりもやりがいを感じられるものであればと考えていたのだが・・・


やっと仕事から解放されて、しがらみや束縛から離れられたのに、他人のトラブルに首を突っ込むなんてバカバカしいと考え直したのだ


ただ正直言うと、真実を求めて事実を知りたい性分の私としては、感情と本音と打算がぶつかり合う場というのは少しだけ興味がある


というのも実は、私自身数年前に本人訴訟で少額訴訟の原告になったことがあるのだ


趣味の食べ歩きであるレストランに行った際に、店指定の駐車場に車を止めたときに、駐車場設備の車止めの不具合が原因で自分の車のフロントバンパーが損傷してしまったからだ


帰宅後破損に気付きディーラーで見積もると約20万程度、店にそれを伝えるも逃げ口上ばかりで誠意ある受け答えをされなかったので、法的措置を取りますよという内容で内容証明を送ったがこれも無視、結局本当に法的措置をとったわけだ


私は裁判手続きにも関心があったので、相手方飲食店法人を相手に自ら本人訴訟で少額訴訟を起こした


果たして数か月後に簡裁の調停部屋に相手方被告は家族4人でやってきた!(物見遊山じゃねえんだから代表がひとりで来いよ)


相手方被告の答弁書には、私がその店で食べたときに給仕をしてくれたバアサンが書いたと思われるここには書けないような誹謗中傷の言葉が並べられていた


調停委員の方に聞くと、誹謗中傷の言葉はざらで、汚い言葉で言い合いになったりするという
私は原告という立場であり、被告による管理義務違反もしくは不作為によって現実的な被害を被った立場であったが、何と私はジェントルマンなんだろうと改めて思った


なぜなら私は訴状も反論書も丁寧な言葉で規則通りに事を進めていたからである


裁判になる前に実際におこなわれるのは調停手続きである
つまり話し合い
話し合いと言っても裁判官や調停委員のいる部屋でお互いが自己主張をぶつけ合うわけではない


調停委員が原告、被告それぞれを別室に連れて行き、それぞれの話を聞きながら折り合いのつく着地点を探していくことになる


そして裁判には大量の判例があり、いかなるケースも判例に基づいてまずは判断され、それに斟酌を加えて調停の場で提案がなされるというもの
ちなみに出された証拠類は専門家が全て目を通してその妥当性を判断することになっている
私は車の損傷個所と損傷の原因となった車止めの写真、そしてディーラーの見積書を訴状に添付していた


裁判や調停に「正義」があるかと言えば、正義はないと思う


なぜなら杓子定規な判例主義が個別のトラブルを解決する常に正当な鋭い刀になるわけはなく、調停委員の裁量でかなりグレーな解決案が出されるに過ぎないからだ


もちろん調停案に納得できなければ、これを拒否して正式な裁判に移行することは可能だが、それによって自分の期待する判決が得られるとは限らない


現実的には私の提起した損害賠償請求訴訟はその請求額は認められなかった
駐車場で起きた事故についてはその駐車場の管理者は責任を負わないとする判例があることが理由だった


しかし、被害があったことは事実だったため裁判官の判断で(わずか)2万円支払うよう被告に伝えられ、さらに口の悪い被告の飲食店側の連中に「原告(私)はお客さんなんだから」と嗜める一幕もあった


私はちょっと意地悪な考えがもたげて来て、調停案を拒否して裁判に移行しようか一瞬考えたが、実を得られない戦は無駄だと判断し受け入れることにした


被告のバアサンが渋々その場で財布から2万円出した光景はなかなかの見ものだった(大笑)


現実的には原告が管理する現場で被害を被ったのは私で、結果修理費用という経済的負担を負ったのだが、裁判所の手続きという経験を得られ、その場で被告の実に浅ましい態度を見ることができたのは収穫だった(と考えるようにした)


しかし、一般論として裁判(調停含む)というのは楽しいものではなく、事案によっては答えが決まっている出来レースである
ただ、何か納得出来ないこと、不愉快なことが起こったら、自分の判断や感情が司法の場ではどう評価されるのか興味を満たす場にはなる


バカバカしいけど、一度でも経験する価値はあるかも
本人訴訟ならせいぜい1万円ちょっとくらいだったと思う

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少年時代の思い出(7)暗黒時代

NEO

公立の進学校に入学した私は、しばらくすると運動系の部活に入部することにした


今から50年近く前のこと、そのころの運動部といえば酷いものだった
しごき、いじめ、暴力的指導、長時間指導、根性論、炎天下での練習、練習中の水は厳禁等々


今の時代からしたらとんでもないことが日常的に行われていたわけだ
全ての答えは「根性論」に行きつく
さすが昭和時代の悪しき風潮


しかし、時代背景もあると思うが、結局は監督やコーチ、諸先輩らの人間性によるものが大きかったのではと今は考えている
(進学校ではあったが前年まで学校群制度が敷かれていて普通にワルもいたし、しょうもないヤツも大勢いた)


毎日、激しい練習を課され帰宅をすると身体はクタクタになりとても勉強どころではなかった
手を抜けばよかったのだが、いつも一生懸命な新入部員にそんな知恵は浮かばなかったのだ


6月の試合中に右手の甲の骨を骨折した
骨折は生まれて初めてで、折れたその瞬間から激痛が走り、油汗が大量に流れる
それが骨折と知らずずっと試合を継続したが右手はグローブのように腫れていた
数時間後帰宅してから接骨院に行ったがものの見事にぽっきりと折れていて全治45日と言われた
(そんな怪我を負っても試合を止めない指導者ってなんなんだろうね?)


ギブスで前腕は固められ首から吊り下げられた状態だったが、練習は出来なくても部活への参加は求められた


一番困ったのは鉛筆も握れなくなったことだ
当然成績は見る見るうちに下がり1学期の期末試験は散々な結果となった


これはマズいと思いつつも部活はやめさせてもらえず、ギブスが外れてから練習に再び参加することになった


しばらくすると今度は腰を痛めた(病院では腰椎間板症と診断された)
練習後の補強運動でスクワットをするのだが、疲れて体を曲げたまま屈伸をするのは腰を痛めると今では分かるが、当時それを教える指導者は誰もいなかった
結果、部員に故障者が続出したが、部活を辞めることは許されなかった


今からすると考えられないような話だが、気性がまっすぐだった私はだんだん取り込まれていくようになる


しばらく休んだ後で復帰したが、もうほとんど学業が手につかない状態となっていた


高2となり修学旅行は京都・奈良だったが、日頃の疲労と張りつめた緊張が祟ったのか旅先で急性胃炎となりホテル内で待機せざるを得なかったこともある(ツイテない)


さらにその後、高2の晩秋に今度は部活の練習中に鉢合わせとなり転倒し後頭部を強打、救急車で運ばれ2日間昏睡した後2週間入院することとなった
診断名は脳挫傷


当時の強烈な指導の結果起きた事故だった


ちなみにこのとき右目を強打したことで視力が大きく低下
その後いろいろな場面で苦労を味わうことになる
今も右目の視力が弱く困ることがある


人間が激しい運動を2時間、3時間継続しておこなったとき、ある時点を超えるとぶっ倒れるのではなくて、突如自分の身体が軽くなることがある
疲労を感じず体が宙に浮いたような感覚が訪れるのだ


一種の三昧の境地のようなもので、普段は種々多くのことに感覚が働いているものが、多くの感覚を殺してたった一点のみに集中したような状態になり、ある意味で言えば非常に無防備な状態だと言える


そんな状態で起こった事故だった


幸い後遺症もなく2週間後に無事に退院することができたが、私の気持ちはとっくに冷めており、退部して本来の自分を取り戻すよう努めることにした


私の暗黒時代のひとつがこの頃である
楽しい青春時代ではなかった


気付けば私は他の同級生らとは違う面をずっと走っていたように思う
しかし、本来の自分を取り戻すにはその後長い時間を要することになった


後日談になるが、指導の先生だった監督は私が退院した後の冬休みに、深夜酒を飲んで酔っ払い横断歩道のない国道を渡ろうとして車にはねられて死亡した(享年30歳)


教師だったので自宅葬をした公団住宅の上層階には数多くの生徒らが弔問に訪れたが、焼香の順番を待つ間「〇〇先生は調子に乗りすぎたんだよ」という声が漏れ聞こえてきた


確かに厳しい指導で対外試合の成績は悪くはなかったけれど、学校内での他の先生からの評判はあまり良くなかったと思う(実際に毛嫌いする他の先生も数多くいた)


あれは行き過ぎた指導に対する相応の結末が与えられたのではないかと、今では私も思っている


指導者の考えひとつで人は幸にも不幸にもなり得ると、改めて思う

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食べれば幸せ(7) カントリーハウス海辺里

NEO

旭市内にワンコOKの店があると聞いて即予約した
海辺里と書いて「つべり」と読むらしい
テラス席があるのは有難いが、冬や真夏の利用は無理なので春秋に集中して利用している


ここは現地取れたての魚介類が食べられる良い店だ

愛想の良い方が出迎えてくれた
テラス席に進む

メニューも色々

目に留まった磯ガキは季節外れなので、私は「極上さば料理コース」
妻は「キンメ御膳」にサバ寿司をプラス(食べきらないと思うけどね)

エルにはおやつ

まずはサバ寿司配膳

そしてキンメ御膳

さらに極上サバ料理コース

サバの味噌煮で熱燗を飲みたくなる

サバのつみれ汁

極上サバ料理コースにはサバ寿司も付いている
だから食べきれないと言ったのに!
(テイクアウトしました)

食べた後は運動
大原幽学の遺跡まで行って散策

不思議と古民家は落ち着く

冬は底冷えしそうだね

こちらが幽学さんの家

地域には人知れぬ見どころがあるものだ

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