
マネーフォワードMEによる集計値(2025年10月末)です
【金融資産状況】
安全資産 37,072,933円(現金、国債等)
現物株式 122,824,294円(日本株中心、一部ETF、米国株含む)
投資信託 137,376,813円(インデックスファンドのみ、ロボアド含む)
合 計 297,274,040円
【金融資産推移】
前月比 +8,559,671円
前年比 +36,472,789円
リタイア後 +117,924,478円(2021年12月末比)
【保有状況】
現物株式 41銘柄(ETF含む)で先月と変わらない
投資信託 10ファンド(ほぼSlim)+ ウェルスナビ(490万円程度)
ウェルスナビは柴山さんへの敬意から続けています
米国株 VTI、QQQ、NVDA(全部で200万円程度)は遊び心と探求心でやってるだけ
別途、マネーフォワードで集計できない終身保険2つと個人年金合わせて約3,000万円
また、ヘソクリや一時趣味で集めた古札古銭等合わせて額面500万円程度保有
10月に妻と娘への暦年贈与も完了しました
昨年は新車を800万で購入し、最近は毎月40~50万支出してますが、金融資産は年3,000万ペースで増大し続けています
労働収入で生活をしていたころはこんなことはあり得ませんでした
金融資産という雪だるまが大きくなるにつれ加速度がついてきている感覚はあります
最近は現金を使うことがなくなりました
現金を使うのは今時「ウチは現金だけなんですよお」なんて言ってる時代遅れ店だけです
あと自宅不動産は時価で4,000万円程度だろうと考えています
住宅ローンやその他借金はありません
入出金に関してはマネフォワードMEで毎日チェックしています
普段から金額の多寡にかかわらずキャッシュレス払いをするようにしてますが、数日後に反映される明細を再確認しています

【総括】
10月に入り、米株高&高市トレードで、私が保有する国際分散インデックスファンド、日本個別株ともに資産増という恩恵を受けることができました
トランプショックと石破ショックで、この1年間は何度も株価の下落を見ましたが、少しずつ明るい兆しが見え始めているように感じます
高市内閣の発足支持率を見ると非常に期待値が高い
経済や株価を蔑ろにするような政権はダメですね
在任中3度の選挙に負けたにもかかわらず、ずっと責任を転嫁してきました
キワモノ左翼に「石破辞めるな」とシュプレヒコールを送られた首相っていましたかね?
石破-森山ラインって、合意したことも守らなかった恥知らずな人たちってイメージでしたけどね
昨日、伊東市長をクビにされた恥知らずもいましたけど、こうした非常識な連中がシラっと湧いてくるのがダイバーシティの悪いところなんだと思います
ガソリン暫定税率廃止が決まりましたが、減収1兆5,000億円のうち地方分の5,000憶円はぜひ宗教法人課税で穴埋めしましょう
高市さんがいつ衆院解散をするか分かりませんが、まずは定員削減をしっかりおこなって、ぜひ安定政権を作りスピード感のあるダイナミックな国家運営をしてもらいたいものです

【雑感】
私の親は、株式取引や資産運用とは無縁の人生でした
でも父母共に年金はきちんと納めていて、昭和ひと桁とそれに準ずる年代としては珍しくほぼ満額受給していました
(父は受給開始年齢の60歳を過ぎても働いて厚生年金に加入してたため繰り下げ効果も相まって年330万程度、母は若いときの厚生年金期間も含めて86万程度)
そういう意味では、特別贅沢はしてなかったものの堅実な生活を送ってきたのでしょう
※国民年金が義務化されたのは1991年のことですが、それまで、そしてその後も「年金なんて払ったってしょーがねえよ」などと甘い、そして身勝手な解釈で払ってこなかった人は大勢いるのです
他方、私は30代の頃、会社員人生が順調で社内では出世頭、毎年昇給昇格、多くの部下を抱え年収が4,000万近くあったこともあります
すでに2000年代、日本のバブルははじけ、金融危機も通り過ぎ、ITバブルが起きそれがはじけた頃でした
そんな頃、私は親に海外旅行を何度かプレゼントしたものでした
しかし、人生行路は良いことばかりが続くとは限らないもので、裏切り、足の引っ張り合い、離合集散などが続きました
さらには、法令改正によってこれまでのスキームが通用しなくなり、そしてリーマンショックが着弾
長く息の詰まる、気の滅入るような時代に入りました
経済的困窮、職場での不和、さらには家族の不和は、人生観、世界観の悪い変化をもたらしました
この頃は、仕事で机を並べた同僚が2人も自殺しました
親しくなかったけど仕事上の知ってたひと2人が詐欺で捕まり、その後もポンジスキーム等悪の道に手を染めるも司直の手を逃れ単に行政処分だけで済んだ連中もいました
私はと言えば、その頃、5~6年でしょうか、かなり辛酸をなめた時期で、突如解雇、その後部下を連れて他社へ転籍、その会社も業績不振で廃業、業転して作った会社で慣れない請負営業をするも展望がないため2年で辞める等、まさに波乱万丈でした
その後、請負営業時代に縁のあった寺院に誘われ得度し寺務長となりましたが、当時周囲には〇〇は出家したなどと揶揄されたものです
しかし、寺務長の給与では生活が成り立たず、FPや後に開業した行政書士も含めて3つの仕事を掛け持ち働き、同時に50代でありながら常に勉強をして大学をひとつ、大学院をひとつ卒業し、仕事の幅を広げ専門性を高めていきました
こうした苦労は、自身が望んだものではありませんでしたが、先に待っているかも知れない新しい景色を期待して日々努力する生活は実は楽しいものでもありました
こうした生き様はおそらく一つの会社、一つの組織で職業人生を全うすることができたような人には到底理解が及ばないでしょう
私が組織(会社)を離れたのは49歳のときですが、以来仕事や勉強に明け暮れながら、不正やインチキは一切せず現在に至ります
人生行路は一寸先は闇だなあ、と思います
まさか自分がこんな行路を辿り、また気付けば前述のような資産を築けるとは思ってもみませんでした
世の中をより良く生き抜くには「運」の要素も多々ありますが、運頼みだけでは十分な資産形成とより良い生活を送ることは難しい
経済的に豊かな人生を歩みたければ、労働(勤労)、勉強(リテラシー)、倹約(経済観念)、貯蓄と投資という現実的な努力が必要です
時間を味方につけ、FIREしたら国民年金の免除を受ければよいなどというインチキ思考をせずに真面目に生きる努力をすることが大切です