NEOのゆとりを楽しむ生活

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あるブログから離れた理由

海外で成功された方が海外から発信される人気ブログがあって、政治、経済、市場、ビジネス、文化等様々な分野の話題について発信されている


発信内容から誠実な人柄が伝わり、また啓発的な内容も多く勉強にもなる
しばらく読むのが楽しみで、読み続けていたのだが、あるときパタッと読むのを辞めてしまった


辞めた理由は、そのブログのコメント欄があまりにも酷かったからである


明らかに年寄りと思われるコメンテーターたちがコメント欄に躍動し、言いたい放題、書きたい放題、やりたい放題


承認欲求に塗れた自我の強い老人たちが、あたかも水を得た魚のように書き込んでいく様であり、一見そこだけを見れば、いや穿った見方をすれば、自由で開かれたコメント欄と言えたかもしれない


しかし、所詮は承認欲求に塗れた自我の強い老人たちがハンドルネームと言う匿名で書き込むわけだから、反対意見や、気に入らない意見、自身に対する批判に対して異常に反応して、とことん相手を叩きのめそうと躍起となる(もはや老害)


長年生きてきた人間とは思えないような陰湿で下品な書き込み、小学生かと思われるような低レベルの書き込み等が目立つようになり、ついに私もウンザリしてそのブログそのものに一切近付かなくなってしまったのだ


おそらくそのブログのコメント欄は、ヒマを持て余す老人たちのサロンと化していて、ブログ主の発信する内容を離れて、自己主張を繰り返す場にしてしまい、更にはその自己主張を守るための縄張り意識まで醸成してしまったのだ


一方で、まるでドヤ顔で(比喩)自己主張を延々と繰り返す連続投稿、他方で他社に攻撃的な悪口三昧


高齢者の利点と言えば、穏やかさと理解力の高さ、だと私は思う


ところが、自我と承認欲求がやたらと強くて、反対意見に対して強く攻撃的になるなんてまさに老害ではないか!


そのブログのコメント欄に毎日書き込み、ブログのテーマに関わらず、どこの歌舞伎がどうの、宝塚がどうの、親の介護がどうのと連続投稿、つまらない書き込みを続けた(推定)70代の気味の悪い婆さん、人生終わってる




私がそのブログのコメント欄に最後に書き込んだのは、そのブログ主と同じく海外で成功された森岡毅さんとの比較だった(失礼ながら)


要は、森岡さんのところには若くて将来性あるひとが集まるのに、そのブログ主のところには何故老害が集まるのか?(さすがに老害とは書けないが)



結局は、コメント欄が乱れるのはブログ主が容認しているからでそれ以上でもそれ以下でもないのだと思う(ブログ主の人格、スケールの問題)


老害は消えてなくなれ


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