NEOのゆとりを楽しむ生活

株式投資、英語学習、グルメ、旅行、愛犬とのシニア生活

マネーリテラシーを高めるために経験からも学ぶ

NEO

黄金の30代と言われるくらいに、私の仕事人生においても30代のときは仕事に明け暮れ、その評価もモノにしてきました


私は経済的理由で32歳のときに転職をしたのですが、中途採用19人のうち他のメンバーは早々に脱落、既存社員も含めた中で出世頭として台頭し、地位も収入も高めていきました


転職した年には給与収入は倍になり、翌年から年収1000万超をリーマンショックの前年までキープ、ピークは40歳、41歳のときで年収は約4000万でした


内訳は、給与収入1400万と事業収入(歩合)2600万といったところですが、事業収入のほうは経費計上をして確定申告をしていたので節税に寄与できましたが、毎月20万近く住民税が特別徴収されていたのを記憶しています




さて、4000万も貰っていればさぞかし貯蓄も増やせただろうと考えられますが、実際にはその頃の私にはほとんど貯蓄はありませんでした


働いて得たお金をほとんど使ってしまっていたわけです


その頃は毎年家族で海外旅行に行っていたし、小学生だった娘には習い事を数多く習わせロンドンやオーストラリアに短期留学やホームステイをさせたりしていました


私はといえば、毎晩外で飲み歩き、午前様になった時はタクシーで帰宅、短時間寝て早朝に起きて出勤という生活を長らくしていました


飲み歩いたのは私自身が好きだったのもありますが、会社がそういう文化をもっていたのが拍車をかけたというのもあります
「歩合で稼げたのは部下が頑張ったというのもあったんだから還元しろ」という空気が極めて強かったのです


当時は1日当り5万、1か月100万と考えお金を使っていました
こんなことをしていてお金が貯まるはずがありません




同じお金で米国株でも買ってほったらかしていたらどれほど良かったか
今となっては覆水盆に返らずです


その後、リーマンショックという最大の経済危機が来たときに、私は憂鬱で気の滅入る長い期間を経験することになりますが、当時はそんなことは思いも及びません
現在の状況が将来も続く前提で考えてしまうのは、結局は人間というものが弱いからだと思うのです


しかし人間の強みは学習して改善できること
マネーリテラシーを高めるには学習が必要です


若いとき、といっても40代で一度失敗した私も、40代後半から試行錯誤の連続でしたが、ほぼ休みなく働き続けた結果リタイアすることもできました



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行政書士は必要な職業なのか?

NEO

行政書士試験は1年程度勉強すれば合格できる試験ですが、昭和や平成初期に比べると明らかに難しくなっている試験であり、舐めてかかると必ず落ちます


この数年は全国で4万人程度が受験し合格者が5千人程度、合格率12%と難解な試験に数えられています


実は私は、行政書士試験史上最難解と言われた平成26年に合格しました


合格基準は300点満点中180点以上のところ、この基準だと合格者が3%にも満たないため救済措置が取られ、合格基準が166点に引き下げられたのでした


結果、4,040人の合格者を輩出することになりましたが、それでも合格率は8.2%と低いままでした


ちなみに私は過去問よりも難しく感じたものの198点で従来の合格基準でも十分に合格することができました




合格後、私はすぐに25万程度支払って知事登録をおこない開業しました


活動内容は、相続、改葬、人探し等であまり儲けの糧になるようなものではありませんでしたが、そんなことよりも「事実を極めて真実を知りたい」という私の期待に適うもので、活動中に得た奇想天外な経験は私の人生に深みを与えてくれるものでした


しかし、私は行政書士活動を満5年をもって終了したのです
行政書士会にいたF木という副会長(当時)に強い不快感と不信感を覚え、あっさり廃業届を出したのです


この男は風俗営業許可専門の行政書士としてのキャリアだけはあったようですが、その人間性は極めて下劣で、おまけに態度も悪く、根拠のない意味不明な暴言を吐きまくる不適切な人物でした


何度抗議をしても改善されず、いよいよ嫌気がさしたのです
(よくこんな男が役員までしていたと思いますが)


幸い私はこの活動で生活をしていたわけではなく経済的なダメージはありませんでしたが、今でも不快な気持ちに変わりはありません




私が知る行政書士の方には、実に謙虚で勉強家で対人関係がマイルドな方も多く、自身の仕事を社会貢献および弱者救済の一環と捉える立派な方もおられました


ところが、行政書士を長くやってきた人の中で、かつ書士会内で「出世」をしたがる人の中には傲慢で勉強不足のくせに肩を怒らせて偉ぶる小人輩が多くいる印象です


古い行政書士は、かつては「代書屋」とも呼ばれ法律家とは程遠い素人に毛の生えたレベルの人が多く、その地位は必ずしも高くはありませんでした


しかし近年、資格試験のレベルも上がり高い志と多くの知識を持った人も多くなったことで、キャリアだけは一丁前のアタマの古い行政書士たちが幅を利かせて新勢力に圧力をかけているのです(馬鹿々々しいと思いませんか?)


また中には別の者で、間違いだらけのインチキ教材会社の講師に名を連ねて金を稼ぐのもいます(開いた口が塞がりません)


真面目に活動する行政書士の面汚しとはこのことですね


行政書士会は現在、行政書士の地位を上げようと政治活動に取り組んだり、広報を設けて一般に啓蒙活動をしたりと必死に取り組んでいますが、それはこれまで行政書士の地位が相対的に低かったことへの対策だと推測します


しかし外部へ働きかける前に、上記のような者たちをしっかり教育するのが先でしょう
社会的評価をさらに上げるためには、上記のような礼節を欠いた下品な者は排除されるべきと考えています



で、今日のタイトルですが、行政書士の仕事は一般社会に浸透しつつあり将来的に必要とされると、私は思います


私は有資格者なので、再登録をすればいつでも復帰できますが、復帰するかしないかはあくまで私の判断です


私はもうお金のために仕事をするつもりはありませんが、個人的な興味をそそり社会貢献に資すると判断できれば将来の復帰もあるかも知れません

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FIREなんてやめておけ

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私がリタイアしたのは59歳1か月のときで、計画的なものではありませんでした


以来2年半経ちましたが収入を得るための労働は一切せず自活して現在に至ります


59歳でのリタイアは「FIRE」と言えないと思いますが、元々は60代前半までは働こうと考えていましたので、そういう意味では「FIRE」だったのかも知れません



「仕事をする意味」について理由は色々あると思います
やりがい、自己実現、収入のため、生活のため、人とのつながり、納税、etc
一番大きな理由は「生活のため」ではないでしょうか?


実際私が仕事を辞めるに当たり一番考えたことは「生活が成り立つか」でした


貯蓄もなくカスカスの生活をしていたら仕事を辞めるという選択肢そのものが無かったと思います

(わずか2~300万の金融資産も持たない人が3割以上いるというのが現実なのです)


私の場合すでに金融資産はそれなりにありましたが、労働収入がなくなることはそれだけインパクトがあることなのです




しかし結論からすればただの杞憂に過ぎませんでした


というのも、私がリタイアしてから2年半の間に金融資産は約8,000万円も増加しているのです


この間、収入といえば株式の配当金くらい(手取りで年220~240万程度)でしたが、特に節約を意識することもなく普通に生活し、関東圏を中心に毎月旅行三昧、週末は決まって外食しながら、それでもお金が増えているのですからこんな有り難い話はありません



以上の話はすべて事実ですが、そう簡単な話ではないような気がしています


というのも50代での私はすでにサラリーマンは辞めていましたが、仕事を3つも掛け持ちして盆も正月も長期の休みもなく、場合によっては100連勤もこなして働きながら、貯蓄と投資に励んできたからです


そしてもし私が会社員や公務員等の勤め人だったら2つの意味で財を成すのは厳しかったんじゃないかと思います


1つは、サラリーマン程度の収入、良くてもせいぜい1,000万ちょっとではそれほど生活にゆとりがないということ
独身者やDINKsならばともかく、子育て世代、特に中高大学生がいたら貯金なんてできるはずがありません
私が独身者やDINKsのFIREブロガーの資産形成術を評価できない理由がそこにあるのです


2つ目は、収入の良いサラリーマンでも、いや稼ぎが良いほど出費も増えるというもの、収入が良く出費が少ないという経済効率の良い暮らしはそう簡単に得られるものではありません
(インカムリッチの場合、高収入が将来も続くという幻想と安心感から収入の割に金融資産がほとんど無いという罠に陥ることが往々にしてあります)




ミニマムで燃費の良い生活といえば聞こえは良いですが、例えば「どこのスーパーが安い」だの、「どこのポイントがお得」だのというショボい話を発信する人がいます
しかし、そもそもFIREで重要な「経済的独立」というのは、必要以上にそうしたショボい話に惑わされないことではなかったか?


生活を、ひいては人間関係も含めて損だ得だと算盤勘定と見栄で捉え、つまらない話に躍起となってしまうような生活は到底目標にはなり得ません



私に言わせれば年齢にも寄りますが1億程度でFIREなんてあり得ません


少なくとも悠々自適の老後を送りたければ、「倹約」と「投資」でマネーリテラシーを磨きながら定年までしっかり働くのがベストではないかと考えています



私はといえば、リタイアしてから愛犬エルとたっぷり時間を共有できるようになったことが最大の利点です
ハードな仕事人生活だったときは、散歩すら満足にしてあげられなかった
今は幸せのときを過ごせています

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吉祥寺の月窓寺

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「住みたい街ランキング」で常に上位に名前があがる吉祥寺
JR中央線と京王井の頭線の2路線のほか、バス便も豊富です


駅南口(公園口)から徒歩圏に井の頭公園があり自然にも恵まれており、住環境の良さを感じます




駅の北側には商店街が広がっていますが、アーケード街を抜けるとその先に雲洞山月窓寺があります




先日お邪魔して村尾住職に挨拶をしてきました


実は私は、49歳のときにあるお寺で得度して僧籍を頂戴しています
そのときの師匠が若い頃、昭和30年頃に月窓寺に住み込み生活をされていたのです




月窓寺は曹洞宗ですが、宗派に属さず単立で成り立っています


駅前の一等地に境内があり、その境内の墓地は察するに200軒程度、それでも経済的に成り立っているのは土地持ちで課税事業収入によるものだと推測します




境内本堂の脇に建つ観音堂には白衣観音座像が鎮座されています
元禄2年の造立から昨年333年を迎えました


白衣観音は「縁結、子育、無病、息災」の御利益があるとされ、毎年7月24日の施餓鬼会(施食会)に御開帳がおこなわれ観音像の姿をお参りすることができます




一昨年亡くなった私の母親の戒名の院号はこのお寺の名前と同じ「月窓院」にしました
良い戒名を授戒できたと思います


先日、墓石への字彫りも済ませ、今年末の3回忌に合わせて納骨をする予定です


都内にはこうした良いお寺があるのです
観光客を集める寺院にも見どころがありますが、実直な活動で親しまれる寺院も好きです

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スーパーの値下げ食品は買わない

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閉店間近になると値札シールが張り替えられ始まる値引きセール


食品等の賞味、消費期限があるものは店客ウィンウィンで、群がる客もいるのだから良いんじゃないでしょうか?


でも私はそういう食品には目を向けません




たまに私もスーパーの生鮮品売り場、食料品売り場に行くのですが、買い物客が商品を物色して手にしては元に戻す姿が好きになれないのです


生鮮品はパックに包まれ直接手に触れられているわけではないのですが、不特定多数の人にベタベタ触られた商品をどうしても買う気になれないのです



絶対にもうこの店では買わない、と思ったこともあります


コロナ禍で衛生管理が重要視されていたときに、ある安売りチェーン店の食品売り場でひとりの老婆が売り物の食品を棚から出して見ては戻す行為を繰り返していたのです


食品の状態を見てたのか、賞味期限を確認してたのかは分かりませんが、お金を払うまではまだ店の物であり、他の客が買う可能性もあるのにお構いなしの行為に、私は見ていて寒気を覚えました



厳密には衛生的に問題は無いのかも知れませんが、スーパーの安売りタイムに大勢の人が群がり触られた商品を、少しくらい安いという理由だけで私は買うことはありません


買うことでちょっとした「お得感」を得る以上に、自分の運気を下げてしまうかも知れない、そんな気がするのです


もっとも、価格が安ければいっこうに気にしないという人もいます

それはそれで良いのではないでしょうか

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