会社員時代は常に忙しい生活をしていました
毎日朝早くから夜遅くまで働き、家に帰るのはまさに寝るためだけのようでした
月曜から土曜日まで働き、日曜日だけ休むという生活が長かったと思います
仕事は嫌いじゃなかったけれど、今思えば会社に要求され、仕事に翻弄され、自分の時間や家族との時間をだいぶ犠牲にしてきたと思います
ストレスで不機嫌なときもかなりありました
それでも盆や正月、そしてゴールデンウィークはまとまった休みを取ることもできました
せいぜい土日を含めて4~5連休でしたが・・・
よくワールドカップやオリンピックを観戦しに海外へ行ってる人を見て「どうしたらあんな生活ができるんだろう」と思ったものでした
あまりに異次元過ぎて「羨ましい」と感じる余裕もありませんでした
「働き蜂」のような思考が脳にインプットされ、仕事のことを考えていないと落ち着けない体質でした
せっかく休んだ日曜日も夜には翌日のことを考えるようになり顔つきが険しくなってくる、そんな日々でした
会社員人生の終盤に私は太陽光発電システムの営業をしていました
太陽光の営業は2年弱しかありませんでしたが、特に東日本大震災の後は引き合いが急激に多くなり、土日祝にかかわらず関東圏を西へ東へと忙しく動いたものです
若い時から私はお客さんに恵まれることが多く、しかも質の良いお客さんが多かったこともあって、とても楽しく貴重な経験を積ませてもらったと思います
あるゴールデンウィークの日、やっと休みが取れて家族をどこかに連れて行こうということになって調布の深大寺に行こうということになりました
なぜ深大寺だったのか今はもう覚えてませんが、当時はリーマンショックや東日本大震災で暗い世相だったし、我が家の家計も暗かったため何となく神仏にすがるような気持ちがあったのかも知れません
ところが、愛車クラウンで自宅を出て首都高に入ると既に大渋滞、ダラダラ走ってようやく着いたのは昼頃というお粗末な旅でした
普段は仕事に流され、やっと取れた休みも渋滞に翻弄され、悲哀たっぷりの旅行でしたが、いつでも来れないところへ来れたという満足感でいっぱいだったのを覚えています